●今日も、午後三時過ぎから八時くらいまで「百年」にいた。そして、たくさん本を買ってしまう。昨日と今日の二日間で二万円近くも本を買った。今後の生活は大丈夫なのか。ポイントカードがみるみるいっぱいになる。
●買わなかった(買えなかった)けど、デ・クーニングの大判の画集があって、ずっとそれを観ていた。この画集は、二十年以上前の浪人時代に予備校の図書室にあって、当時ぼくはそれを穴があくほど繰り返し観ていた。デ・クーニングとポロックとゴーキーが、予備校時代のぼくの「先生」だった。デ・クーニングは、デ・クーニングというとすぐ思い浮かぶような「いかにもデ・クーニング的な作品」よりも、線だけのドローイングの仕事の方が面白いと当時から思っていたのだが、今日改めて観ても、同じように感じた(うちにも廉価版の画集はあるのだが、なかなかデ・クーニングを改めて観ることはない)。デ・クーニングは、色彩や筆触の画家であるよりもずっと、形態と線の画家で、それは、いかにもアクションペインティング的な作品でもまったく変わらない。
●「現代思想」の1997年4月号(特集・アフォーダンスの視座)を書棚にみつけた(訂正、2月号でした)。これはぼくの人生を変えた一冊といってもよいようなもので、樫村晴香「言語の興奮/抑制結合と人間の自己存在確信のメカニズム」が載っている。これはウェブ上でも読める(http://www.k-hosaka.com/kashimura/kashi.html)けど、雑誌に縦書きされているほうが読みやすいし、何より、ウェブ版にはない重要な図が載っている。ここに載っている『頭の「内側の外部/外側の内部」を貫流する口腔-聴覚のループ』という図は、この論文が難しすぎて理解できないとしても、ただこの図を見るだけで、ものすごく多くのことが語られているのを聞くことが出来る。ぼくがいままで書いたもののほとんどはこの図が出発点になっていると言っても過言ではない(『世界へと滲み出す脳』というタイトルは、要するにこの図を反転させているわけだ)。ぼくはこの13年間ずっと、この論文のこと、この図のことを考えつづけている。
うちにある「現代思想」はもうずいぶんボロボロで、本としては解体されてページがバラバラに分離してしまっているので、この機会に新しいきれいなやつが欲しいと思ったのだが、こういう貴重なものを独占しようとするのがもっともよくない考えだと思い、この本が届くべき人のもとに届きますようにと思いながら、書棚に返した。
●「百年」での展覧会、「線と色と支持体」(http://100hyakunen.com/?mode=f3)は四月五日(月)までです。御高覧お願いいたします。なお、五日は午後九時頃に作品の撤収がはじまります。