●芸術は意味とか物語とかではなく精度なんだなと、例えばゴダールを観ていると思うのだが、しかし、精度というのは解像度みたいなものとは全然別のことなのだ(確かに、解像度がある閾値を越えることで見えるものがまったく違ってしまうということもあるし、それはまさにゴダールを観ていれば分かるのだが)。解像度では測れない、それがそうあるしかないということの精度というものがあると思う。
例えば、下の、トリシャ・ブラウンのとても粗い映像からも見てとれる(見えてしまう)ものの圧倒的な面白さ(複雑さ)こそが精度というものだと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=PZ7QXyQoSeQ&feature=related
それにしても、トリシャ・ブラウンはすごく面白い。
http://www.videolog.tv/video.php?id=540397
http://www.youtube.com/watch?v=86I6icDKH3M
ミニマルと言っていいと思うのだが、しかし、わかりやすい反復とズレみたいなことでは全然なくて、動きのなかで動きそのものが動いてゆくというのか、(それ自体で多様な方向性を孕んでいる)反復的な動きの流れのなかで、ある瞬間にそれまでとは異質の動きがふわっとたちあがってくるという感じ。形、フレーズ、フレーズを展開させ制御するイディオム、イディオムの変化やバリエーション(という次元で解像度を上げてゆく)という感じで捉えられるダンスはわりと分かり易いと思うのだけど、そういうのとはちょっと違う感じ。
トリシャ・ブラウンはドローイングも面白い。あと、壁の上を歩くとか、二人の人が互いの体重によって支え合って歩くとか、そういう重力との関係の仕方(重力の揺さぶり方)もとても面白い。
http://www.dailymotion.com/video/xf2fon_trisha-brown_creation
●朝から、マース・カニングハムとかローザスとかウィリアム・フォーサイスとかのDVDをずっと観ていて、そういえばこういう映像はネットにもっとあるんじゃないかと思って探しているうちにトリシャ・ブラウンの映像を見つけて、何度も見入ってしまった上、アマゾンで「Trisha Brown: Early Works: 1966-1979」というDVDを注文してしまった。トリシャ・ブラウンを観ているとすごく「絵が描きたい」という気持ちになってくる(トリシャ・ブラウンのように描きたい、ということではないのだけど)。
夜はテレビで「のだめカンタービレ」をなんとなく観ていた。最終楽章前篇は確かDVDで観て、いまいちな感じだったのでその先は観なかったのだが、テレビでたまたま観たら、後篇はけっこうよかった。選曲がよかった。