●昨日の日記で触れた「エントロピック重力理論」について、量子情報物理学の研究者の堀田昌寛さんのツイッタ―から。
https://twitter.com/hottaqu
《「情報が重力に関係しているとするエントロピック重力理論が正しいのは、中身のつまった分厚い本のほうが重たいに決まってるんやから、当たり前」←マジレスで言うと本当はそういう文脈ではないのだが、大量の情報=大量のエネルギーという伝説は確かに理論物理業界を強く縛ってきた。でも間違いだ。》
ブラックホールの情報喪失問題で、長くかけられていた呪い。それは天文学的情報量を素粒子レベルの小さなエネルギーで壊さず蓄えられるはずがないという思い込み。それでまだ3割程度しか蒸発してないブラックホールから量子情報が外部に放出される仮説やへんちくりんな残留物が存在する仮説とか出た。》
《しかし去年ウンルーさんや杉田さんと書いた論文でも随分強調したのは、エネルギー零である量子場のゼロ点振動が大量の量子もつれをホーキング輻射と共有することができるため、「大量の情報=大量のエネルギー」という枠を信じる必要はないのだ。量子情報と重力そして時空の関係はそんな単純ではない。》
《もう少し言うと、フェアリンデさんのエントロピック重力理論は、他の多くの研究者が予想する、量子情報が重力と時空を創発するシナリオと、大きくかけ離れてる。重力や時空は幻想というフレーズは、通常負の宇宙項の理論で笠-高柳公式を通じてなされる。3次元空間は無限遠方の2次元シート上の情報。》
《普通は空間的奥行きのある時空が幻想という主張であり、その実態は2次元。でもエントロピック重力理論での「重力は幻」というのは意味が違う。素粒子間の基礎力でなく、ゴムの力のように、多数の自由度が集まって生まれてくる運動が、重力であるという主張。この考えはフェアリンデさんのオリジナル。》
●つまり、「エントロピック重力理論」は通常のホログラフィック理論の枠組みとはかなり違ったところからきている---もっと独自で限定的な話になっている---ということだろうか。《素粒子間の基礎力でなく、ゴムの力のように、多数の自由度が集まって生まれてくる運動》という説明は、直観的にはとてもイメージしやすい。
ならば、下のリンクみたいな話とはあまり繋がりがないということなのか。うーん、だとすると昨日の記事を読んで期待したのとはちょっと違う感じなのかも、と。まあ、専門家からもうちょっと詳しい話が出てこないと、なんとも言えない。
「重力は幻なのか? ホログラフィック理論が語る宇宙」
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0602/gravity.html
「ホログラフィック宇宙」
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0311/hologram.html
●それと、こんなブログがあった。Ken Yokoyamaさんの「From Mirror Symmetry to Langlands Correspondence」より、「エントロピック重力理論の記事(まとめ)」
http://knyokoyama.blogspot.jp/2011/01/blog-post_21.html
ここには、Erik Verlinde「A New View of Gravity」の日本語訳まである。
http://knyokoyama.blogspot.jp/2010/09/new-view-of-gravity.html
●追記。堀田昌寛さんのツイッタ―から。エントロピック重力理論はまだ発展途上のもので、今回の観測結果との一致も、興味深いとしても騒ぐほどのことでもない、と。
https://twitter.com/hottaqu
《「エントロピック重力理論」とは言うのだけど、論文を読んで頂ければわかるように、きちんと定式化された理論でなく、アイデアのツギハギみたいな話です。今回のダークマターなしの話でも、ほんとspeculationを積み重ねた感じで、普通だったらあんな式は信じません。》
《なぜ観測グループがエントロピック重力理論の最初のテストというタイトルを付けたかは、外部から見ると謎。例えその理論からインスパイアされて調べても、得られた結果は通常のダークマターなどの他の理論でも説明できる可能性は大。普通だったら観測データに興味深い関係があったという売り方をする。》
《そもそもエントロピック重力理論と言われるものは、重力波の物理さえ定量的にまだ扱えない現状。だからLIGOによる重力波の観測とその"理論"が整合するかしないかさえ、確認できないのだ。本当に発展途上のものということ。》
《「エントロピック重力理論」は定義された理論ではまだありません。元となる運動方程式やそれを導く原理がきちんと定式化されていない現状です。今回のダークマターに関しては、まぐれ当たりで意味はないのか、先走ったが深い意味があるのか、観測データ解析に問題があるのか、評価は定まりません。》
《エントロピック重力理論は、量子力学の発展で例えて言うと前期量子論レベルの試み。重力が基礎的な力ではなく、弾性力的なものであるという今回の仮説が物理の本質を突いているかいないかは、その理論の定式化(数学的記述)を完成させないと分からないこと。ちゃんと基礎運動方程式を書き下して欲しい》
●さらに追記。堀田昌寛さんが、ブログでエントロピック重力理論についてさらに詳しい解説を書いていた。こういうのがすぐに読めるインターネットはすごいな、と。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2016/12/25/092822
《その意味で、エントロピック重力理論がアインシュタイン方程式を導くというのは、今の段階では正しくない。さらに方程式への補正項も与えられていないのだ。これができていないため、昨年LIGOで観測された重力波のデータとフェアリンデさんの理論が整合するかどうも比べようがないのが現状である。》
《ただそれでも面白い点を挙げれば、フェアリンデさんの理論の予言には決められないパラメータが全く入っていない確定的なものなのに、観測とは整合したという部分だ。ダークマター理論のほうでは、同じ観測量にハロー中のダークマターの未知の質量が入ってしまい、それをパラメータとして扱って最適化をする必要がある。これは、論文でも強調しているエントロピック重力理論の「売り」の点である。ただこれを検証して確実な答えを得るには、まずは観測と理論の進展が望まれる。》
《ともかくホログラフィー原理に基づいたある1つの理論が初めて観測と比べられた事実は、大変評価されるべきことだ。今後も、量子エンタングルメントなどの量子情報的視点は「重力とは何か?」という問いに対して深い知見を我々に与えてくれることであろう。》