2022/09/27

●『初恋の悪魔』について少しモヤモヤするのは、多くの人が林遣都松岡茉優の演技力、満島ひかりの存在感などを褒め称え、セリフとして語られた多くの美しい言葉に共感したりしているのだが(それらはもちろん称賛されるべきものだが)、でもむしろ、このドラマに「メッセージ」があるとすれば、例えは、冤罪にされ最初の殺人の犯人にされてしまったホームレスの人や、三番目の殺人の容疑者とされた嫌われ者のインフルエンサーや、あるいは菅生新樹たち四人に最初に殺されてしまった少年とか、そのような、多くを語られることのない、その存在が顧みられることの少ないような人のことをこそ、その存在を意識すべきだし、その孤独に思いを馳せるべきだ、ということだと思うのだけど(林遣都=鹿浜鈴之介が素晴らしいのは、そのような多くの人物の反響を自らのうちに響かせていることによる倫理性をもつからだろう)、実際には、多くの人が、前景にあって見え易い、容姿の優れた、あるいは高感度の高い人物や、呑み込みやすい綺麗な言葉にばかり反応してしまうということだ。

(何かが図としてフォーカスされれば、それ以外の何かが地の一部となって背景へと後退する。これはどうしようもないことだ。しかしこのとき、背景へ後退した何かにも、前景でフォーカスされている何かと同等の内実があることを、意識・配慮しなければならない。それを、前景となった何かのうちから、遠い響きとして聞き取らなければならない。そのこと―そのような倫理性―をこそ、このドラマは語っているのではないかと思う。)