●早朝の白々した光の、まだ人影のまばらな繁華街は、ようやく一日が終わった人たちと、これから一日が始まる人たちとが混じり合って、なんとも不思議な雰囲気をかたちづくっている。
●それからしばらくすると雰囲気はがらっとかわる。朝はやくの太陽はまだ低いので、建て込んだビルの隙間から射してくる日の光は、細長い帯のように地面の狭い部分にだけ落ちて、それが眩しく反射する。電車から降りてくる、あるいは、電車に乗るために駅へ向かう、人の流れが、整然とした、ほとんど一定のリズムで動いている。その、いくつも重なる靴音が響く。カラスの鳴き声が聴こえる。ワイシャツとネクタイの上に、派手な柄のハッピを着て、左手にビラ、右手に居酒屋の名前の入ったノボリを持った男が、通勤の人たちのなかでやや異彩を放って足早に通り過ぎる。蒸し暑い。黄緑色というか、エメラルドグリーンというか、妙に浮いた色の制服を着た清掃員が、台車に数本のモップやホウキ、大きなゴミ袋、一斗缶をのせて、人ごみを裂くように進み、その姿が見えなくなってからも、台車を押すガラガラガラガラいう音はしばらく聞こえつづいていた。
●同じ場所。約一時間後。高くなった太陽は、先ほどよりも広い範囲を照らしている。通勤の時間帯が過ぎ、そこを通る人たちの服装、歩くリズムや速度などが、ばらけた感じになる。工事現場でドリルがコンクリートを砕く音や、大型のトラックが行き交うエンジンの音で、足音はかき消されている。携帯電話をにらみながら、前につんのめるような姿勢でつかつかと早足で歩く、高いヒールのサンダルを履いた若い女性。まるまると太り、腹を突き出すように身体を後ろに反らしぎみで、一歩踏み出すたびに肉が、たぷん、たぷん、と揺れている中年の男性。リッユクを背負い、ヘッドホンをして、ポロシャツを風になびかせるようにして走り去って行く若い男性。道端に停まったトラックの荷台から、青いつなぎを着た二人の男が、声をかけ合いながらきびぎびと段ボール箱をいくつも路上に降ろしている。しかし、それらのばらけたリズムは、実は単調な変化のない、のっぺりとものでしかないのではないか。駅のエレベーターから降りてきた、一つの乳母車のようなものを二人で押し、それを杖の替わりにしている、二人の老年の男女(おそらく夫婦なのだろう)の、そこだけまったく別の時間が流れているかのような、あまりにゆっくりとした動きは、あたり人たちの動きの全てを単調に見せてしまうくらいに、独自で強いものがあった。