くりぃむナントカ

●夜、たまたま観た「くりぃむナントカ」でやっていたクイズがすごく面白かった。何と言うか、微妙な感じの顔の写真(これはおそらく、実在する人の顔ではなくて、何人かの人の顔をコンピューターなどで合成してつくった顔ではないかという気がするのだが、そうじゃないとしても、そういう「感じ」のする顔)を百人の人に見せて、その「顔」が有名人の誰に似ているかアンケートし、その結果答えの多かった有名人を、回答者がその「顔」から予想して答える、というもの。このクイズの面白さは二つの方向があって、一つは、(その何とも微妙な感じの顔を見て)あーっ、この感じ、誰かに似てる感じがするけど、えーと、誰だっけ....という、途中まで出かかっている言葉がなかなか出でこないようなもどかしい「もやもや感」を味わうこと。(そのような「もやもや感」のなかで何かを探ってゆく感じを味わうこと。)もう一つは、回答者の答えや、百人のアンケートの結果などをみて(つまり人の答え=解釈を聞いて)、それはないだろう、とか、ああ、そういう線のありかも、とか、一般的にはその辺に「落としどころ」をみつけるのか、とか、いろいろと思うことにあるだろう。(他人の「解釈」に導かれて、「顔」のイメージから、いままで見えていなかった新たな要素が発見できたりもする。)顔をぱっと見た時の何とも言えない不思議な「感じ」は、ジャストミートする答え(似ている誰か)になかなか至ることの出来ない「もやもや感」に耐えきれず、適当なところで、ジャストミートではなくてもそれほど外れてはいないくらいの着地点を暫定的にでもみつけてしまうと、消えてしまう。しかしだからと言って、その「顔」をあまりじっと見つめていたり、必死になって考え(記憶を探り)過ぎても、最初の「感じ」は、どこかへ逃れ去ってしまう。このクイズが、流行の「aha !体験」クイズみたいなものより面白いのは「正解」がないからで、クイズの「答え」はたんにアンケートの結果の上位に過ぎず、その答えに「自分の感覚」が説得されなければ、答えを聞いたからと言ってちっとも「スッキリ」せず、もやもやがそのまま持続してしまうところがとても面白い。(その証拠に、クイズの回答者は誰も、クイズとしての「高得点」を取ることに興味はなくて、誰がクイズに「勝った」のか、その結果すら知らされないままで、番組が終わったような気がする。)まあ、このクイズの面白さは、最初に出題される「顔」の選び方で、ほぼ全てが決まってしまうわけだが。(多くの要素を同時に含んでいるような雰囲気がありつつ、これだと言い切るようなはっきりした捉えところのない、読みを誘いつつ、解決を宙づりにするような顔を選ばないと面白くない)