●30日の阿佐ヶ谷美術専門学校でのレクチャーの内容を具体的に詰める。今週末は、出かけたいところが何カ所かあるので、今日中に見通しくらいはたてておかないとまずいのだが、まあ、あと月曜に一日かけてがっつりやれば、なんとかなるだろうという感じにはなった。とは言え、人前で話すことにはどうしても慣れないし(別に人前じゃなくても、普通に話すことにも慣れないのだが)、特に一人で喋るのだから、詰まってしまったら誰も助けてくれないという恐怖が強くある。だいたい、上手く喋れるくらいだったら、わざわざ毎日、こんなに文章を書いているわけがないのだ。
ぼくは、自分から積極的に手を挙げて発言するような子供ではなかったし、冗談を言ってみんなを笑わせるような子供では尚更なかった。空気も読まずに我が道を行く、というほど強くもない。教室の隅っこの方で、誰も見ていないことをいいことに、勝手に好きなことをやって、一人で勝手に喜んでいて、それでもたまーに一人くらいは変な奴がいて、そのことに気づいて、失笑でもしてくれれば、それでもう充分に嬉しいという感じで、そもそもぼくにとって転移の対象は人ではなく作品であるというのも、こういう性質によるのだと思われ、だから人が注目している前で何かやるというのが苦手で、勝手にこっそりやったことを、後から誰がかたまたま気づいてニヤッとしてくれるというのが一番嬉しいわけなのだが、にもかかわらず、苦手だし下手糞なのは分かっているのに、たまには人前に出て行こうとするというのは、(勿論、お金のことも大きいけど)それでもやっぱり、直接、誰かに向かって何かを伝えたいという気持ちが、自分にも多少はあるのだなあとは思う。それに、こういうことはぼくにとって、社会性を得るためのリハビリでもあるのだった。たかだか数人の学生の前で喋るだけなのに、なんと大袈裟な、と我ながら思うけど。
●午後いっぱいくらい喫茶店でレクチャーの準備をしていて、一度部屋に戻って、鞄のなかの資料を入れ替えて、一休みして再び喫茶店に行こうと出かけたのが午後7時過ぎで、外に出たら久々に空が真っ赤に染まっているところが見られた。空は雲が多くて、空じゅうを染めるような夕焼けという程ではなかったのだが、それでも西の空がきれいにオレンジ色になっていた。近所で一番高台になっている公園まで行って、しばらく空を見ていたのだが、公園では子供たちも遊んでいるし、おっさんが一人でぼけっとしているのはいかにもあやしいので、あまり長居も出来ず、坂道をゆっくりと下りながら、夕日を見続けた。河原まで出れば、夕日を見ながら歩けるし、あやしくも思われないと思って河原に向かったのだが、着いた頃にはもうすっかり陽は沈みきっていた。陽が沈んで視覚が後退すると、それにかわって別のものの気配が、うわっと濃くなってくる。河原はむせるほど植物の青いにおいと水の音が充満していた。