●すっごく驚いた。ネットカフェのYouTubeで、有名な『ワラッテイイトモ』(K.K)をはじめて観たのだが、作中に出てくるK.K氏のアパートが、ぼくが今住んでいるところに引っ越す前に住んでいたアパートなのだった。しかも、その部屋というのが、ぼくの住んでいた部屋の隣なのだ。この、六畳一間、風呂なし、トイレ共同のアパートは今は取り壊されて駐車場になっていて、ぼくはそこに大学を出てから取り壊されるまで住んでいた。『ワラッテイイトモ』がキリン・アートアワードで話題になったのは2003年で、制作されたのは2002年頃だろうから、つまりK.K氏はその頃ぼくの隣人だったわけなのだった(アパートの家賃は確か一万二千円くらいだった)。
画面が西八王子駅前を映し出した時には、おおっとは思ったものの、このあたりは美大生とかも少なくないので、それほどは驚きはしなかったのだが、そのカメラがカットがかわらないままで移動し、ダイエーの角を左に曲がって、甲州街道を渡り、山梨銀行を右手に見る道に入って、南淺川の方に向かってゆくので、段々、この人、こんなに近くに住んでいた人なのかと思いはじめるのだが、そのカメラが、大家さんの家のある角で右に曲がり、そしてすぐ、さらに右に曲がって路地を奥に入ってゆく時には、えっ、まさか、と、自分の目が信じられなくなり、見覚えのある共同の郵便受けが映り、見覚えのあるドアに手がかかった時には、K.Kというのは実はぼくの分身というか、二重人格のもう一つの別人格の方なのではないかという目眩のようなものを感じたのだが(この間、ぼくは自分がリアルに阿部和重の小説の登場人物になってしまったかのように感じていた)、そのドアは、ぼくの部屋の一つ手前のドアなのだった。
それで、もう一度あらためて作品を観直すと、最初の方のカットに映っている蛇口は、まさにあのアパートの共同の流し場にあった蛇口で、ぼくもこの蛇口は何度も写真に撮っているのだった。ぼくがこの「偽日記」を書いている時に、ほんとに薄い壁一枚を隔てた隣の部屋では「ワラッテイイトモ」の編集がなされていたのかもしれなかったのだった。人はこのようにして過去に出会うのか、というか、過去はこのように回帰するというのか。
●今、YouTubeでは、「ワラッテイイトモ、part1」と、「ワラッテイイトモ、、(3)」(水曜・邂逅)と、「ワラッテイイトモ、part4」(木曜・邂逅2)が観られるようなのだが、「ワラッテイイトモ、、(3)」ではアパートの室内と浅川の風景が、「ワラッテイイトモ、part4」では、アパートの様子が映っていた。あまりにも近すぎて目眩がする。
●昨日、あれだけ寝たのに、今日もまた寝てしまう。しかし、眠いのに眠れないことにくらべれば、いくらでも眠れてしまうことの、なんと幸福なことか。だから、寝られる時は寝られるだけ寝ておこう。夕方には起き出だして、DVDを返しに行った。新宿のツタヤは地元のよりも延滞金が安いのだが、何本も借りていると、二日延滞はけっこう痛い。新入荷と書かれたサークとルピッチのDVDがずらっと並んでいて目が眩みそうになる。ジュンク堂に寄って本をみていると、いつの間にか背後に書店員のSさんが立っていて、黙ってスッと冊子を差し出すのだった。ぼくがその中味を確認しようとすると、「それ、今日入りました」と言い、ぼくが「あっ、今日…、どうも」と言ってそのまま受け取る。まるでスパイが極秘に情報を交換しているかのように、あるいはやばいブツの取引であるかのように、言葉がなくても全てが了解済みなのだった。次の瞬間、既にSさんは何事もなかったかのように仕事に戻っていた。