●夢の話。ぼくはどこか知らない町に、短期のアルバイトのために滞在している。仕事場はデパートのような巨大な商業施設。どんな仕事をしているのかはよく分からないが、その仕事をはじめてもう数日経っているらしかった。仕事が終わって、かなりの疲労を感じながら職員用出入り口に向かっている。鞄を開いて、出入り口に立つ守衛に中味が見えるように示し、外へ出る。その施設では多くの人が働いていて、出入り口は常に労働を終えて疲労しきった様子の人々で混雑している。よく知らない寂れた町で、食事をとれるような店を一軒しか知らない。実際、その店くらいしかないみたいで、商業施設から出てくる人々のほとんどが、ぼくと同じ店に向かっている。仕事が終わってからそこへ向かうのも、今日が初めてではないらしかった。店は地下三階にあって、階段を使って下りて行くのだが、階段は満員電車のようにびっしりと混み合っていて、その人たちすべてが同じ店に向かっている。町の人たちは皆知り合いのようで、まるで、誰もまじめにやらない学校の避難訓練のようなざわざわした雰囲気だ。苦労しながら地下三階まで降りたが、毎日同じ店で食事をすることに飽きたのか、ごったがえす人の多さに嫌気がさしたのか、店には入らず、さらに下の階まで下ってゆくことにした。混雑はそこまでで、それより下へ向かう階段は、人がまばらにしかいない。
一階下るごとに、薬局があったり、まだ開店していないバーがあったり、美容室があったりするのだが、何か食べられそうなものが売っている店はない。それどころか、閑散としてほとんど人気がない。地下十階まで降りてゆくとそこで行き止まりで、やや広めのスペースがとられ、店はなかった。そのスペース隅で、白衣を着た男が、背の低い木の机に、ポストカードを並べて売っているようだった。ポストカードは猟奇的で怪しい感じのポルノグラフィーで、パソコンで画像を加工してつくったもののようだ。それはポルノというよりも、「怪しい」という雰囲気が勝っているようなもので、いかにも幼稚な文学趣味を感じて、数枚手にとってみて、興味を無くした。白衣の男は外見とはちがってとても愛想がよくて、そんなことをしてもらっても買う気はないからと言っても、いいからいいからと、何か暖かい飲み物を出してくれた。そもそも、こんなところまで人が降りてくること自体が希なことのようだった。紅茶を飲みながら木製の机をよく見ると、宝石を保管するような箱にヨーヨーがいくつも並べてあり、そのなかに一つとても美しい形と色のものがあって、ぼくはそれに魅了された。これは? と聞くと、白衣の男はヨーヨーマニアで、自分でヨーヨーをつくっているのだという。ヨーヨーのことを聞くと男は饒舌になって、そこに並んでいるヨーヨーの一つ一つについて、どのような工夫があって、それをつくるのにどのような苦労があったのかを身振り手振りを交えて熱心に話しだした。一つ一つ、形も素材も光沢もちがっていた。ぼくは魅了されたヨーヨーを指さして、これは売っているのかと聞き、値段を聞くと、三千八百円だという。
その時いきなり、背後にあった大きな扉が開かれ、大勢の人ががやがやと出てきて空気が一変した。なにか、大規模なシンポジウムだか、会議だかが開かれていたようだ。人々は足早に階段を登ってゆくのだが、そのなかにくりーむしちゅー上田がいて、一人だけ、男の方に近づいて、何か相談をもちかけるようだった。上田は、週に二回、ここでインストラクターをしているということにしておいてくれと男に頼んでいるようだったが、男はそれとはまったく関係のない、集団カウンセリングの話を上田に返していた。二人の話を聞きながら、ヨーヨーに興味があるわけではないのに、一個三千八百円のヨーヨーを買うのは馬鹿げている、もう一回り小さい、千五百円程度のやつを買おうか、と考え、いや、そもそも、このヨーヨーのうつくしさに魅了されたのであって、これでなければヨーヨーなど買う意味がないと思いなおす。ポケットには、千円札四枚と、小銭がある。買えないことはないのだが…。その時、今まで水平だった木の机が、ガタンと音を立てて傾き、机の上に置いておいた透明なガラスカップが倒れてオレンジ色の紅茶がこぼれた。机の一方側の脚がとつぜん短くなったのだ。ああっと、あわててカップをもとうとすると、男は、よくあることだから、気にしないでくれと、雑巾で机を拭いて、新しいティーパックをガラスのカップに入れて、傾いた机の上の傾いたままのカップにお湯を注ぐのだった。