2019-08-15

YouTubeにあった「高橋洋×黒沢清トークイベント 『霊的ボリシェヴィキ』の様々な“謎”が解決‼」という動画で、高橋洋が、「霊的ボリシェヴィキ」という概念の提唱者である武田崇元の言葉を引用している。《自分が書いた本じゃなくても、俺に霊的著作権がある》。霊的著作権……。「霊的」をつけるとすべての概念が崩壊していく、と。

https://www.youtube.com/watch?v=nMmPpNSg1zs

高橋洋の生家の「封印された二階」の話を、以前どこかで聞いて、それ以来ずっと気になっているのだけど、『霊的ボリシェヴィキ』関連の記事で文字になっていた。

「20年の時を超えて甦る概念『霊的ボリシェヴィキ』とは? 高橋洋×武田崇元 対談」(月刊ムー公式ウェブ)

http://gakkenmu.jp/column/14585/

《僕は昭和34年に千葉県の田舎で生まれました。両親が結婚して住んだのが、木造のすごく古い2階建ての一軒家。茅葺屋根で、2階は雨戸を締め切った状態で、両親と僕は一階で暮らしていました。

それで、庭に出て遊んでは2階を見上げて、自分は2階に一度もあがったことはないということに子ども心にも気づいたんですね。2階があんだから階段もあるよねと思って捜すんですが、ない。親に聞くと「ないのよ、もともと」とかいう。

子どもだから真剣に追求するわけでもなく、1階だけで暮らしていました。》

《それでトイレに行く廊下がL字型に曲がっていて、夜中はとても怖い。何かいるっていう感覚があって、今夜こそ何かを見ちゃうかもって思ってたんだけど、何もいない。だから慣れていって、今夜も大丈夫だろうって油断してたら……出た。》

《白いもやっとした、半なかば人の形のぼんやりしたものがいた。廊下を曲がったどん突きのところにふわっと。見た瞬間に身体中がぶるぶるぶるって震えて、気がついたときには父親が頬ほおを張りながら、いったい何があったんだって……。

それはそれで終わったのですが、その白いのが現れたのがどん突きの納戸の扉。そこが気になって仕方がない。昼間、まだ明るくて怖くないときに納戸の扉を開けて、なかにあったものをぜんぶ出して調べたら、そこに階段があった。

で、「階段あるじゃん」と思ったら、途中でベニヤ板で釘が打ちつけられて塞ふさがれていた。親に聞いても知らないというんですね。ところが妹が生まれると、手狭になったから子ども部屋を2階に作ることになった。》

《大工さんたちが納戸の隠し階段のベニヤを壊すのを待ちかまえて、その後について2階にぱあーっと入ったら、蒲団が敷きっぱなしで、小卓にお茶碗とかも置いたままで、ある時点で時間が止まったような部屋だった。「いったい何?」って親に聞いてもわからない。うちの親の性格として、隠してるんじゃないんですね。ほぼ興味がないんです。僕はすごく興味があるから、「どういうこと?」って聞くんだけど、「わかんないな」という反応なんですね。》

《2階は僕たちの子ども部屋に改築されて、だから中学、高校はそこで……。》

●二階があるのに階段がない。あるいは、二階建ての家に住んでいるのに二階をないことにして生活している。二階は、あるのにない。自分たちが普段生活している空間の直上に、アクセス不能となった不可知の空間がのっかっていることが明らかであるのに、その明らかさを---そして確かにそこにあるはずの空間の内実や封印の由来を---あえて問題としないでやり過ごしている。半ば無意識的であり、半ば意識的に選択されたのでもあるような無頓着さという心のありよう。日常的で親密な圏域に「何らかの欠落があること」への無関心。あるいは、そのような欠落との共存。(高橋家の両親の)この感じが、ぼくの心のなかの何かをとても強く喚起する。

(そして、妹が生まれて手狭になった、というきわめて即物的な事実によって、この、無意識的な禁忌というか、欠落との共存があっさり破られてしまう、というのもとても興味深い。)

子供の頃、実家の一階と二階の間にある「封印された中二階」の存在を、(もちろん実際にはないのだが)とてもリアルに感じていたのを思い出す。