●午前中部屋にいて、音から雨なのだと思っていたが、外へ出たら雪だった。地面が既にかなり濡れているので、そんなには積もることはないだろうが、雪は塊になってはげしく降っていた。行き先を駅前の喫茶店から、一駅隣の駅前の喫茶店へと変更して、川沿いの道を散歩することにした。
積もっていないので足下は安定していて歩くのには困らない。しかし、こんなにはげしく降る雪を見たのはいつ以来だろうかと思うほどに降っていた。南浅川と浅川が合流して川幅が広くなると、対岸はもう霞んでよく見えないくらいだ。進行方向も、ひとつ先の橋より先は霞んで見えない。水分を多く含んだ重たい雪で、定期的に傘に積もったのを払い落とさないと、傘を持つ手にどんどん重みが増してくる。河川敷に勝手につくっちゃってる畑や、市役所の前にある芝生の広がりなど、土の部分には雪が積もり始めていて、白い広がりの下からまだらに茶色や黄緑がのぞいている感じ。芝生の虫を食べる椋鳥が、白と黄緑のまだらになった広がりをわらわらと飛んでいた。いつもはこの芝生を歩くのだが、ぐちゃぐちゃにぬかるんでいそうなのでやめた。黒いコートの全面もすぐに白くなり、それも定期的に払う。靴がぐっしょり濡れて、靴下まで濡れている。体の表面は冷たいが、内側はかなり暑くなってくる。けっこう汗だくだ。
茶店では窓際の席がとれず、遠い窓から、雪が宙を舞って降り続いていることだけを、たまに頭を上げて確認していた。夜遅くまで集中した。
店を出たのは午後十時半くらい。予想外に雪が積もっていた。しかし、降っている雪は半ば雨に変わりかけているような水っぽいもので、積もった雪が解けかけていて、足下がすごく滑りやすい。電車に乗ろうか迷ったが、こんなことはめったにないので、歩くことにした。とはいえ、歩きにくい。一歩一歩、しっかり地面と足とが噛むように足を進めていかないと、ちょっとバランスを崩すだけでつるっと滑ってしまうそうだ。走ったり、急ぎ足になったり出来ない。信号が換わりそうでも急げない。すぐに、電車に乗っとけばよかったかと後悔する。
駅の近くはまだ人通りがあったが、少し離れると、人も、車もほとんど見かけなくなった。まったく人気のない、雪でうっすらと明るい道を、足下を気にしながらひたすら歩く。目には見えないが、歩いている間じゅうずっと、様々な方向から救急車のサイレンが聞こえつづけた。八王子から離れて西八王子に近づくにつれて、積雪は多くなり、降る雪の量も増え、視界は白くぼやけたものとなり、距離の感覚も狂って、自分が今どのあたりを歩いているのかよく分からなくなってくる(八王子市民会館前をいつ通りぬけたのか分からない)。足下を気にしながら、地面に足がついて体重を乗せる時のバランスに常に気を遣いながら歩くのは思いの外たいへんで、こんなに「運動している」という感じは久しぶりだと思いながら歩いた。周囲の風景を見ることもなく、ただ「歩く」という感覚のなかを歩いてゆく。しかし、この感じこそが雪を堪能するというこのなのだろう、と思いながら。足と腰に感じている疲労の感覚も面白い。
しばらくして、本当に「不意に」という感じで、駅近くのカラオケ店の看板が目に入った。やっとここまできたのかという気持ちと、もうここまで来てしまったのか(もう、この「歩く」感じが終わってしまうのか)という気持ちが両方あった。駅前のスーパーで買い物。ようやく人間を目撃した。今日はもう、帰ってから、あたためるというだけの調理も面倒なので、出来ているものだけを買おう。閉店間際で半額になっているし。
駅からアパートまでは、坂とは言えなくくらい緩やかな坂道を十二、三分ずっと登ってゆく。すべりやすい地面は、普段よりも強く「坂」を感じさせる。高くなってくるに従って積雪もさらに増してくる。アパートの近くはスキーが出来るんじゃないかというくらい積もっていた。十時間くらい前にここを出た時は、帰った時にこんなになっているとは予想しなかった。
チェルフィッチュのチケットは、最終日のがなんとかとれた。