●寒いし、風が荒れている。外に出たら、空がごうごうと鳴っていた。その音は室内にいても聞こえる。ひゅうひゅう唸っている。ボロアボートの玄関ががたがた揺れる。葉擦れの音も外から聞こえる。すきま風が入って室内で舞う。外にいるよりもむしろ風の荒れを強く感じる室内で、原稿を書いて過ごした。
●ぼく自身は経済的にまったく余裕がない生活なので難しいけど、こんな時にこそ、例えば京都とかに行って、寺や仏像を観たりするのがいいんじゃないかと思った。ていうか、行きたいなあ、と。別に仏様にすがりに行くというのではなく、陳腐なことを言うようだけど、歴史的な、スパンの長い時間に触れて気持ちを立て直す、みたいな意味で。あと、とりあえずいったん「東」の空気から逃れてみる(別に原発がどうとかそういう意味じゃなくて)という意味でも。
新幹線に何時間か乗りさえすれば、今の、この切迫した、殺伐とした感じから、ほんの一時的にでも逃避できるのだと思うと、その可能性を想像するだけでも少しは気が晴れる。「今、そんなことをしていていいのか」というような(自然に作動してしまう)超自我による過剰な抑制は危険だ。きっとこれから困難な時期が長くつづくと思うので、今からあまり力んでいたらもたない。今の状況については、大変だろうけど、今、出来ることがある人にがんばってもらうしかない。さしあたって出来ることがない人は、これからのために力を蓄えておいた方がいいんじゃないかと思う。
●午後に地震があってそんなことは言っていられなくなってしまったのだが、11日の昼前には『映画空間400選』の見本が届いたのだった。
(http://www.inax.co.jp/publish/book/detail/d_167.html)
宣伝とかではなく(いや、宣伝でもあるけど)、手元に置いてパラパラめくっているとけっこう面白い。雑誌のように気軽に読めるし、ガイドや資料としての意味もあるし、それでいて「ちゃんとした映画・建築の本」にもなっているように思う。ぼくは実はガイドブック的な本にあまり興味を持てないのだが、それでも面白く読めるのは、執筆者のバラバラさが良い方向に出ているからだと思う。
一本一本の紹介文は読み物として気軽に読める感じだけど、全体の作品の選択や配置に、映画史的な視点が押さえられていて、しかしそれはあくまで最低限であって、押さえ過ぎてはいなくて(映画-映画史の本とかだと「これは入れとかなきゃ」とか「何であれが入ってないの」みたいな縛りがもっときつくなってしまうと思うけど、空間-建築の本でもあるから)、ざっくり押さえて細かいところは結構緩く各執筆者の関心や好みに任せている感じで、そのバラエティ感とバランス感覚がうまくいっている感じ。こういうのって今まであまりなかったんじゃないかと思う。
一応、20日発売ということになっているけど、見本と一緒に入っていた手紙には、16日くらいには店頭に並ぶようなことが書いてあった。そこらへんのことも地震の影響でどうなっているのかは分からないけど(そういえば地震後に一度も本屋に行っていない)。
ぼくはこの本に、以下の45本の映画の紹介文とコラム(「身振り 歩くことと見ること/時間と距離」)を書いています。コラムでは、『リオ・ブラボー』(ハワード・ホークス)、『憐 Ren』(堀禎一)、『リミッツ・オブ・コントロール』(ジム・ジャームッシュ)に触れています。以下の紹介文は基本、一本につき四百字弱程度の短いものなのですが、これを書くのはとても楽しかった。
(製作年順) 『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』(山中貞雄)『間諜最後の日』(アルフレッド・ヒッチコック)『オズの魔法使い』(ヴィクター・フレミング)『拳銃魔』(ジョゼフ・H・ルイス)『西鶴一代女』(溝口健二)『日本の夜と霧』(大島渚)『白い肌に狂う鞭』(マリオ・バーヴァ)『アンドレイ・ルブリョフ』(アンドレイ・タルコフスキー)『ミクロの決死圏』(リチャード・フライシャー)『まぼろしの市街戦』(フィリップ・ド・ブルカ)『ざくろの色』(セルゲイ・パラジャーノフ)『暗殺のオペラ』(ベルナルド・ベルトルッチ)『小人の饗宴』(ヴェルナー・ヘルツォーク)『リトアニアへの旅の追憶』(ジョナス・メカス)『フェリーニのローマ』(フェデリコ・フェリーニ)『恋人たちは濡れた』(神代辰巳)『エクソシスト』(ウィリアム・フリードキン)『自由の幻想』(ルイス・ブニュエル)『ラ・パロマ』(ダニエル・シュミット)『旅芸人の記録』(テオ・アンゲロプロス)『サスペリア』(ダリオ・アルジェント)『陽炎座』(鈴木清順)『ヴィデオドローム』(デヴィッド・クローネンバーグ)『ションベン・ライダー』(相米慎二)『ラ・ピラート』(ジャック・ドワイヨン)『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(押井守)『アリス』(ヤン・シュヴァンクマイエル)『トレマーズ』(ロン・アンダーウッド)『少年、機関車に乗る』(パフティヤル・フドイナザーロフ)『壁の中に誰かがいる』(ウェス・クレイヴン)『マルメロの陽光』(ビクトル・エリセ)『静かなる一頁』(アレクサンドル・ソクーロフ)『トイ・ストーリー』(ジョン・ラセター)『2/デュオ』(諏訪敦彦)『ヴァージン・スーサイズ』(ソフィア・コッポラ)『ニンゲン合格』(黒沢清)『NOVO/ノボ』(ジャン=ピエール・リモザン)『おじさん天国』(いまおかしんじ)『恋愛睡眠のすすめ』(ミシェル・ゴンドリー)『レディ・イン・ザ・ウォーター』(M・ナイト・シャマラン)『グエムル 漢江の怪物』(ポン・ジュノ)『インランド・エンパイア』(デヴィッド・リンチ)『コッポラの胡蝶の夢』(フランシス・フォード・コッポラ)『アバンチュールはパリで』(ホン・サンス)『恐怖』(高橋洋)
●あと、細かいことだけど、『トレマーズ』の紹介文についているキーワードが間違っています。「交通渋滞・バビロン・歴史・時代劇」となっているけど、正しくは「アメリカ・曠野・断崖・屋上・鉄塔」です。