●なまあたたかいというか、うすら暑い、輪郭のぼやけた空気が、そのぼやけた重さによってじとっと積み重なって停滞している感じ。空気がぴくりとも動かない。午後六時ちかくなってもまだずいぶん明るい。右手となる南側が上り傾斜で左手の北側が下り傾斜になっている丘に沿って蛇行する道を東の方へ向かってあるいていた。
左手の傾斜の下ったところに、細い水路に囲まれることで島のように切り離された小さな土地があって、小さな祠と小さな鳥居が見下ろせる。水路は、隠れたり現れたりしながら近所を複雑な経路で流れているもので、ぼくの住むアパートと隣家の間にも流れているそれと繋がっているはずだ。大きな木の多い隣家の庭とこの水路のおかげでアパートの周辺には多くの鳥が集まって来て、部屋のなかにいても時々、水路から鳥が飛び立つバタバタいう羽根音が聞こえる。
丘沿いの道から見下ろすこの祠と鳥居のある小さな土地は、四方を家と庭とに囲まれていて、そこにどうやったら行けるのかわからない。表側の通りからでは家に隠されてまったく見えないから、丘に沿った道から見下ろすことによってしか、祠の土地の存在を知ることが出来ない。なんとかそこへと至る道をみつけられないだろうかと思うのだが、用もないのに、公道なのか私道なのかあるいは庭の一部なのかよく分からない人もすれ違えない小道に入り込んでゆくのははばかられる。そういう小道が近所にはたくさんあって、そこを通ればアパートからスーパーまでの近道になる小道もあるのだが(入り組んだ小道で散歩にも魅力的なのだが)、途中で、どこかの家の庭の一部を通っているとしか思えない部分があって、ここを通っていいものなのだろうかと思うので、なかなかそこを歩くことができない。
この祠に限らず、近所の地形はすごく入り組んでいて、表の通りからではその存在を知ることのできない隠された(閉ざされた)土地がけっこうある。住んでいるアパートの裏手が駐車場になっているのだが(特に整備されているわけではないただの空地なのだが)、この駐車場もアパートの建物に隠されているから表からは見えず、裏の通りからも住宅に隠されて見えない。アパートの土地に入ってきて、裏に廻ってはじめてその存在が分かる。これがかなり広くて、はじめて不動産屋に連れてこられたときは驚いた。
日が暮れて暗くなると、少しだけ空気が動くようになった。入り組んだ土地に風が吹き抜けてく。風鈴の音が聞こえたので音の先を探してみると、一件の家の軒先に、いろいろな種類の風鈴がたくさんぶら下がっていた。