2021-08-05

●昔大好きで読んだ、カフカの「日記」を久々にパラパラとめくって読んでいる。ぼくの日記好きは、おそらくカフカの「日記」を読んだことからきている。フィクションがたちあがる瞬間が、たくさん、玉石混淆、無造作にごろごろっと転がしてある。新潮社 カフカ全集 6 「日記」より。

《勘はよいが、しかし危うい。血管が細すぎる、心臓からあまり遠くまで血が流れすぎている。気がついた場景ががまだ幾らも頭のなかにはあるが、しかしやめる。昨日は、白馬のイメージが、寝入る前に初めて浮かんだ。その印象は、まるで、はじめ馬の姿が、壁に向けているぼくの頭から歩き出してきて、ぼくのからだをまたいで、ベッドからとびおりて、それからどこともなく消えてしまったみたいである。この点は上に書いたストーリーの書き出しでは、残念ながらぶち破られていない。》

《祖母か死んだとき、偶然そばにいたのは看護婦ひとりだった。その看護婦の話によると、祖母は死の直前にちょっと布団から身をおこしたので、まるで誰かを探しているような格好にみえ、それから静かに身をひいて、死んでいった、という。》

《もう真夜中を大分過ぎていたが、商人メスナーの部屋のドアをそっとノックする音がした。かれを起こしてはいけなかったのだ。かれはいつも朝方にならないと寝つけなかった。それまでかれは、目を覚ましたまま、ベッドにうつぶせになり、顔を枕に押しつけ、両腕を広げ、両手を頭の上の方で組み合わせるのが癖だった。かれはノックの音をすぐ耳にした。《誰ですか》と、かれは訊いた。ノックの音よりそっと、何か訳の分からない呟きが答えた。《あいていますよ》と、かれは言って電燈をつけた。大きな灰色のショールを掛けた、小柄な弱々しそうな一人の女が入って来た。》

《ある漁村の小さい港で、一艘の漁船が出航の準備を終えていた。だふだふのセーラー・パンツをつけた若い男が、仕事の監督をしていた。二人の年取った船員が、袋と木箱を桟橋まで運んでいたが、そこに一人の背の高い男が両足を広げて踏ん張り、全部を受け取り、漁船の暗い内部からかれの方に伸びた、誰かの両腕に引渡していた。岸壁の隅を囲んだ大きな切石の上に、半ば寝ころぶ様に五人の男が腰掛け、パイプの煙をそこら中へ吹いていた。時々、例のだぶだぶのセーラー・パンツの男が、彼らのところへやって来て話しかけ、彼らの膝を叩いた。いつも、ある石の陰に貯えられていた葡萄酒の樽が取り出され、不透明な赤葡萄酒を注いだコップが一つ、次から次へと渡された。》

《店の開いたドアから見ると、一人の鋳掛屋が、腰掛けて仕事をしながら、なんと幼稚に、絶えずハンマーで叩いていることだろう。》

フーゴー・ザイフェルトは、高等学校在学時代、かれの亡くなった父と友人だった独身の老人ヨーゼフ・キーマンという人を、時々訪ねる習慣だった。この訪問は、フーゴーが思いがけなく、すぐ就任すべき外国勤務の申し出を受けて、数年間、故郷の町を離れることになったとき、突然、中断された。かれは、それから帰国したとき、その老人を訪ねようと思い立ったものの、しかしその機会がなかった。恐らくかれの見方が変わって、こういう訪問は、それにぴったりしなかったのだろう。それにかれは、キーマンが住んでいた通りをよく通ったにも拘わらず、いやそれどころか、かれは、老人が度々窓にもたれているのを目撃し、又恐らく見られもしたにも拘わらず、訪問を思いと止まった。》

《まだ生まれてもいないのに、もう街を歩きまわり、人びとと話をさせられる破目になること。》

《一人の老人が、ある冬の晩、霧の中を通りから通りへと歩いていた。氷のように冷たかった。通りに人影はなかった。誰一人かれの側を通って行くものがなかった。ただ時時かれは、遠くに半ば霧に包まれた背の高い巡査か、毛皮か襟巻きかショールをした女の姿を見た。かれは何にも煩わされなかった。かれは友達のところへ行こうと考えていただけだ。その友達の家にはもう長い間いったことがなく、友達は丁度今、女中を使ってかれを呼びにやっていたところだ。》

《ぼくは寝よう、疲れているのだ。多分その点ではもうはっきりしているだろう。それについて色々と夢を見よう。》

篠田一士・訳の『伝奇集』、うちにあった(集英社の世界文学全集「ボルヘス、フェルロシオ、デュ・モーリア」の巻)。「集英社版 世界の文学9 ボルヘス」を図書館で予約したのだが重複してしまったな。「大村書店 鷺宮 525円」という値札が貼ってある。グーグルマップで検索したが、行ったことのない店だと思うので、「日本の古本屋」で買ったのだろう。