2022/07/30

●Huluで『初恋の悪魔』、第三話。約46分のドラマだが、今回も体感時間としては20分くらい。目の前をぎっしりと密度をもつものが速い速度でなめらかに通り過ぎていく。これはもう、『赤ちゃん教育』とか『ヒズ・ガール・フライデー』とかに匹敵するものが出来つつあるのではないかと思う。

前回は、仲野太賀の兄への感情と、それを引き出す「事件」との関係が、あまりにもとってつけたようなものになってしまっていた(事件自体の説得力がなさすぎた)という、あきらかな欠点があったのだが(とはいえ、それでも圧倒的であることに変わりはないが)、今回は、松岡茉優の「記憶への不安(自己同一性の不確かさ)」と「事件」とがぴったり合っていたし、事件のありようと松岡の不安(と多重性)とがシンクロし、表現として互いに互いを強め合っていた。目に見えるものは偽物、目に見えないものが本物、というセリフは、ちょっと意味深すぎるかもとも思うが。(トリック自体はちょっとしたものであったとしても)事件の解決へ至る道筋にも説得力があった。

(このドラマでは一話ごとの事件の「犯人」はキャスティングをみれば分かってしまうので、フーダニットではなくハウダニットといえる。とはいえ、坂元裕二の脚本で、このような「事件」と「謎解き」のセットがこのまま安定的につづくとは、ちょっと思えないのだが。)

●今回とてもおもしろかったのは、仲野太賀と林遣都とが対照的なキャラクターであるが、それと同時に、二人の間に鏡像的な響き合いが仕掛けられていたところだ。林遣都は、自分が松岡茉優に好意をもっていることに気づいていない(好意と殺意とをとりちがえている)。それについて仲野太賀は、「自分の気持ちに気づいていない」と林に言う。しかしその同じ言葉が、最後の方になると林から仲野へと返される。お前もまた、松岡に好意をもっているだろう、と。そして、お前の方が自分よりもより強く「自分の気持ちに気づいていない」のだ、と。林は、自分の気持ちに気づいていない「ことにしようとしている」に過ぎないとも言えるが、仲野はより深く気づいていない。林も仲野の自分の気持ちを知らない。「自分の気持ち」だからといって、自分が知っているとは限らない。この「自分に対する自分への無知」の鏡像的響き合いは、二人の好意の対象である松岡のもつ、より強い「自分を知らなさ(自己同一性の破綻)」へとつながっているだろう。

(「トマト」と「トマトソース」の話が、「肉じゃが」と「コロッケ」の話へと転がり、この「話」が仲野から田中裕子へと場を移動し、それが再び仲野に返り、トマトへと返って着地する、とか、しゃれているなあ、と思った。さらに、「トマトが嫌い」なのは仕草で示されるだけで一切セリフでは言わせていない。松岡茉優は「トマトソース」とは言っても「トマト」とは言わない。)

●冒頭の数十秒で、仲野太賀の婚約の破綻を---軽い笑いを交えつつ---さらっと表現する、この手際の良さ! そして、その後の松岡茉優との---とてもすばらしい---交流の場面も一分に満たないで過ぎ去っていく。この短い場面だけで、仲野から、「ぼくが振られたということは、他の誰かが結ばれたということで…」といういつもの「世渡りモード」から「ぼくが振りました!」という「積極モード」への転換を引き出している。そしてそれが松岡の力だということも見せている。この速さと密度。二分に満たない冒頭部分で既に、これが面白くないわけがないと思わせられる。

●今回、松岡茉優は生活安全課の警察官として、スーパーで万引きの監視をしている。これにより、やや唐突にも感じられた第一話での仲野と松岡の出会いに、遡行的に後ろから説得力を与えている。たとえば、二時間で語られる映画ならば、そんなものは「説明」に過ぎず、必要ないということになるかもしれない。しかし、45分×10話で語られるテレビドラマでは、このようにして世界の厚みと広がりとがつくられていくのだと思う。

そもそも、事件の推理をするという行為は、最初に提示された物事の展開を、後から振り返って読み替えることであり、読み替えるための新たな視点や情報を発見することなのだから、事後的な読み替えが多く仕込まれたこのドラマの構造そのものと、「推理をする」という物語内の行為とがパラレルになっていると言えると思う。

(松岡茉優のスカジャンはリバーシブルなのか。それと、松岡と田中裕子の関係はどうなっているのだろう。なにかしらの理由で距離のある親子という可能性もあるかも。)

●第二話と第三話とで、仲野太賀と松岡茉優の背景は、ある程度は明らかになってきた。しかし、林遣都の背景(停職になった原因の「事件」とは?、なぜ豪邸に一人で住んでいる?、など)は、まったく明らかではない。今回改めて、林が「あの刑事課」の一員であったのだということが意識された。「あの刑事課」に林が馴染めるわけがない。おそらく(林と同様、刑事課に馴染めていない) 佐久間由衣は、林の欠員を埋めるために新たに配属された人なのだろう。また、柄本佑の背景がまったくの空白で、なにも明らかにされていないが、坂元脚本でここが空白のままであることは考えにくい。

(伊藤英明のあの「衣装」がすばらしい。資料室で寝ているときと同じ格好で外を歩いている…。)