2022/09/10

●『初恋の悪魔』、第八話。前回までゴマ塩頭だった伊藤英明の髪がいきなり黒く染められているのが怖すぎる。しかも、作中で誰もそこを突っ込まない。物語の本線とはおそらくあまり関係ないのだろうが、そういう細部がいろいろ効いているのも、このドラマの面白いところだ。

(ぼくがこのドラマで最も衝撃を受けたのは、松岡茉優が銃で撃たれた場所と、佐久間由衣がダーツで撃たれた場所が同じ---右の鎖骨の上辺り---ということだった。でもこのこと、この共鳴は、物語には何の影響も与えない。)

安田顕の「黒い白鳥」という言葉が、伊藤英明の頭に転移したかのようだ(ゴマ塩頭=グレーだった伊藤英明が、とうとうクロ確定ということか)。そもそもこのドラマの細部では、白と黒の対比はけっこういろいろなところでなされている(たとえば、白佐久間由衣と黒佐久間由衣林遣都の白いサンダルと安田顕の黒いサンダルなど)。物事の二面性が主題として至る所に散りばめられていることと呼応している。伊藤英明が電話に向かって「大丈夫、また元に戻る」というようなことを言っているので、二重人格者がもう一人いるということなのか(それが息子だ、というのはミスリード臭いが)

坂元裕二の脚本は、細部を詰めていくと細かい整合性で齟齬がある場合も多く(ツッコミどころは少なくない)、決して完璧なパズルのように組み上げられているわけではない。そもそも『初恋の悪魔』は本格ミステリではないので、これまで示された情報から犯人が推測できる、という風にはつくられていないだろう(「読者への挑戦状」があるわけではない)。パズルのピースがぴったりと合うかどうかということよりも、場面としての面白さが優先され、表をみせたら裏もみせ、裏をみせたら表もみせる、というような原理が貫かれているのだし、図に書ける整合性よりも流れとしての「展開」として考えているのだと思われる。

坂元裕二はしばしば、最終回の一歩手前(八話の最後か、九話)で、最後の大きなひっくり返しをやる(松たか子は偽物だった、的な)。で、最終回は割と平和で(台風が過ぎた後のあと片付け的な感じで)、普通に最終回っぽい感じになることが多い。なので、おそらく次回に、前提がひっくりかえるような大きな出来事や事実が発覚して、しかしそれは、「全部嘘でした」みたいなことではなく、最後には落ち着くべきところに落ち着く感じになるのだと思う。四人の関係に変化はあるとしても、それが破壊されることはないのではないか。

テレビドラマとは思えない柄本佑の演技はすごいな、と思う。「お願いがあるんです」と切り出す仲野太賀に対する返答として、「お願いをする前にお願いがあるというのはお願いの強要だよ、冗談だよ、なに?」というセリフを返すのだが、これを棒読み調の早口で一息に言う。「お願いをする前にお願いがあるというのはお願いの強要だよ」という、いかにも坂元裕二らしい強いセリフの提示がまずあり、それに対して「冗談だよ」と自己ツッコミを入れて(態度の軟化をみせ)、改めて「なに?」と聞くのが(つまり、三つの呼吸に分ける展開とするのが)常識的な分節だと思うが、これを一息で言ってしまうことで、坂元裕二的な「よいセリフ」を台無しにした上で、それを「可笑しみ」にする。この演技自体が、いわゆる「名セリフ」を多用する坂元裕二の脚本に対する批評にもなっている。

(柄本佑はこのドラマで他にも、「片思いはハラスメントの入り口だ」というようなセリフも言っていて、いわゆる訓告的な「名セリフ」をしばしば言わされがちなキャラなのだが、ここではそれを意図的に「潰す」ことでギャグのようにしている。名セリフを名セリフとして聞かせる場面と、それを潰して「言わなくてもいい面倒な一言を挟みがちなキャラ」の表現とすることとの切り替えの紙一重の匙加減。いわゆる名演技とは違う、創造的な演技だと思う。)

(このセリフを三つの呼吸に分けると場面がもたもたする、という演習上の要請かもしれないが。)

(追記。初めから一息に言うように脚本に書かれていた、という可能性もあるか)