⚫︎『水星の魔女』、19話(プロローグを含めると20話め)。ここへ来ての、地球寮の中でのティルの存在感。ティルは元々、重要なところでちょこんとゴールを決めるような地味に良い動きをしていたのだけど、そういう小さい細部の積み重ねが、ここでじわっと効いてくる。
⚫︎それにしても、「政府」や「政治家」の存在感が全くないという不思議な世界なのだなあと思う。宇宙議会連合という、どうやら公の機関らしいものがグッと前に出てきたが、彼らはあくまで公務員のようで、政治家や政府の影が全く見当たらない(地球側の抵抗運動の指導者が「交渉は政治家に任せて…」みたいなセリフを言うが、政治家なんて一体どこにいるのか、という世界だ)。ベネリット・グループという大企業グループの総裁が、史実上、大統領のような地位になっている感じ。出てくる軍隊も、国家の元にあるのではなく、多数の企業によって構成される「評議会」の傘下にあるものだ。
政治的に、どういう体制になっているのかが、ここまで観てきてもよく分からない。通常のガンダムの宇宙世紀もののように、地球連邦政府があって、その他に、いくつかのスペース・コロニー国家があるという設定なのだろうか。あるいは、地球も諸スペース・コロニーも一緒になった、全人類の統一政府が統治しているのか。どちらにしても、国家よりも企業の方が強い力を持っていて、事実上、企業グループが統治しているという世界なのだろう。暴動が起きても「国家」が介入してこない世界。
地球側の抵抗運動の指導者が、「法律を無視してまで…」という台詞を言うので、法律はあり、つまり国家があるということだろうが、しかし、国家の法律よりも企業グループの内規の方が強い世界なのだろう(考えやすいのは、全人類統一国家がふわっと緩い感じで全体を統治しているが、その下にあって事実上の国家群に相当する、自律的に動くいくつかの、経済的、政治的勢力が、集合離散しながら力を争い合っている世界、というくらいの感じだろうか)。「戦争シェアリング」という言葉がよく聞かれるが、一体、何と何とが戦争しているのだろうか(ちょっと『スカイ・クロラ』感がある)。国家と国家の戦争ではない感じ。国家というものの影の薄さが、この物語の重要な特徴で、それはおそらく、「学園」と「社会」とが直接繋がっているような世界設定がこの物語には必要であり、そのために、国家と同じくらいの力をもつ企業グループが運営する学園という、一種の特殊設定となったのではないか。
(「学園」と「社会」とが直接繋がっている感じというのでは、『あのこは貴族』という映画をチラッと思い出す。あの世界と割と近い感じがある。)
⚫︎一話約25分で、すごく中身の詰まった速い展開だが、ざっくりいえば、スレッタの復活と覚醒、その一方、ミオリネがドーンと落ちていく、という回だと言える。スレッタの復活は、まず(1)健康な身体に生じる食欲の効果、そして(2)地球寮の仲間たちとの深い絆があって、底の底から這い出して、そのタイミングで、スレッタがエアリアル(エリィ)の真意を察することで「覚醒」するという、三つの段階によって描かれる。三つ目の段階で、母親からの離脱がなされ、エアリアル(エリィ)との再-結合の可能性が開かれる。これによってスレッタは「覚醒」したとみていいのではないか(この段階で、スレッタが具体的に何を「察した」のかは、まだよく分からないが)。
スレッタが、母(プロスペラ)の呪いの圏内から脱した一方、プロスペラ(母)は今度はミオリネを支配下に置き、ミオリネはプロスペラに操られることで、結果として地球に破壊をもたらしてしまい、スペーシアンとアーシアンとの関係を修復不可能と思われるほどに悪化させてしまう。ベネリット・グループの総裁選にかんしては、スレッタが勝ったとしても、シャディクが勝ったとしても、どちらにしても(スレッタは対話により、シャディクは策略により)スペーシアンとアーシアンとの関係改善が行われたはずで、そこで、もしかすると必要なかったかもしれない二人の争いを仕掛けたプロスペラ(親の世代)が、背後で暗躍して、二人の若者が「未来」を作ろうとする努力を、過去の怨嗟によって潰してしまうのだ。ミオリネもシャディクも、そしてスレッタも、「親の世代が残した呪い」と闘っているという意味では共通している。その点で見ると「ピングドラム」的な話でもあるのだなあと思った。
(しかしこれは両儀的で、三人とも「親」から受けた負債があり、つまり、三人が「社会を変える可能性のある力」を持っているとしたら、それは間違いなく「親」から受けたものであり、しかしその「力」はあらかじめ「呪い」に塗れている力なのだ。たとえば孤児であったシャディクは、養父の会社であるグラスレー社の育成プログラムによって教育を受けたからこそ、「父」を裏切るだけの力が得られた。ここにあるのは単純な世代間対立ではない。)
プロスペラは、親の世代の「呪い」を凝集して形象化したような人物で、父たちが退場して、概ね(ペイル社以外は)世代交代が行われた『水星の魔女』の世界で、それでもまだ強い力を持つ旧世代に属する人物だ(ペイル社とエラン・オリジナルの存在もまだまだ不気味だが)。ただ、プロスペラは、若い世代とは違った「別の未来」のヴィジョンがあって、それはたんにスペーシアンとアーシアンとの関係改善といった社会的な次元に留まらない、世界の改変(新たな世界の到来)といったレベルのものだと思われる。それがどんなものなのかはまだ分からないが、彼女が今もなお怨嗟によって突き動かされているとしたら、おそらくとても危険なものなのだろう。
今回、どん底まで突き落とされたミオリネが再度たちあがるためには、やはりスレッタとの関係が改善される必要があるだろう。そしてそのためには、スレッタとエアリアル(エリィ)との再-結合が必要になるのではないか。そこでとうとう、母に抗する娘たちの連帯が成立する…、のだろうか。
その一方で、革命の意思をもつシャディクの策略がどういう結果を生むのかという点もまだまだ気になる。
⚫︎監禁されている、エラン五号とノレアとの間に、(スペーシアンとアーシアンという区別を超えた)互いに強化人士であることによる共感が発生する。こういう場面をちゃんと描くという、この世界の厚み。
(エラン四号も、スレッタとの間にこの共感を期待していたが、得られなかった。とはいえ、スレッタも強化エランたちと同様に、オリジナルな存在ではないのだ。)
⚫︎細かいところだが、宇宙議会連合の女性が見せる、ベルメリア博士への共感を感じさせる描写(女子会 ! )もとても良かった。