●立川シネマ・シティで『アキレスと亀』(北野武)。北野武の映画を映画館で観たのは『HANA-BI』以来。『HANA-BI』を観た時、もうこの人の映画は観ないだろう、 と思ったのだった。それでも観たのは、この映画についてレビューを書く約束をしたから(あれから十年たってるし、もしかしたら、という気持ちもあった)。でも、はじまってすぐに、その約束をしたことを後悔した。本当になんにもない、観ていてひたすら心がむなしく、空虚になってくゆくだけの映画。北野武にはもう、映画を撮る必然性も動機も理由も衝動も全くないのに、世界の巨匠に祭り上げられてしまったから、仕方なく、ただ撮っているだけなのだと思う。それは、晩年の伊丹十三を連想させるような空虚さだ。おそらく、伊丹十三よりはずっと才能があるので、ところどころにはっとするような冴えた描写があるのだが、その、冴えがあるからこそいっそう、すべてがじらじらしくみえてしまう。『HANA-BI』を観た時から、こうなることは目に見えていたとも言えるのだが....。空虚さや、何もなさに向かい合って、ひたすらに空虚であることに耐え、そこに留まるような映画だったら、それはそれなりに凄みがあるのかもしれないのだが、この映画では、その空虚さを回収するために、幼稚でセンチメンタルな感情(俗情への媚び、みたいな)に流れてしまっているところが最悪なのだ(まさに『HANA-BI』がそういう映画だったわけで、つまりこの映画は『HANA-BI』がはてしなく弛緩した結果という感じだ)。
この映画のなかで実質のあるものは、ただ「母性的な女性に依存したい」という感情だけだ。その感情の切実さだけが、おそらくギリギリこの映画を支えているのだとは思うのだが....。(俳優の使い方なども、初期の北野映画と比べると随分と雑だったように思う。有名俳優は皆、既知のキャラクターとして利用されているだけだし。)
否定的なことしか言えない作品について何か書くというのは、気が重いことなのだった。