●雷の音は部屋にいる時から派手に響いていた。斜面沿いの道を歩いている時、曇った灰色の空をまっすぐに裂く稲妻を見た。炸裂音はずいぶん遅れて聞こえた。雨は降っていないが、水の気配が空中に濃くひろがっていた。水の匂いさえした。地蔵の祠の脇に生える栗の木の葉のくすんだ緑がはちきれそうに感じられた。肌着姿のおっさんが、いつ降り出してもおかしくない天気なのに、家の前に置かれた発泡スチロール箱の鉢植えにホースで水をまいていた。玄関は開けっ放しで、薄青い網戸越しに中がまる見えだった。ちゃぶ台があり、点けっぱなしのテレビの点滅が見え、音が聞こえた。風はまったくなかった。
●「岬」論、昨日、今日とあまりすすまなかった。暑くて気合いが入らない、というより、難しいところに差し掛かっているのだろう。あと、ぼくの無意識が、そこの部分を書くことに抵抗しているのかもしれない。下手をすると、単純な外傷決定論になりかねないし、中上健次もあきらかにそう読めるように書いていると思う。だからきっと、それは避けられない。でも、それだけでは足りない。