2019-10-24

●『超人の倫理』(江川隆男)に、小津安二郎が言ったとして、次のような言葉が引用されていた。

《どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う。》

●この「流行」「道徳」「自分」という切り分け方がとてもおもしろい。そしてこの本では、ここで「自分に従う」と言われていることこそが反道徳的なものとしての「倫理」の問題であり、「超人」の問題である、ということが書かれている(まだ最初と最後しか読んでいないけど)

《倫理とは、個人のうちに〈このもの〉を見出したり生み出したりする力のことです。個人とは、こうしたものに触れて、生一般をではなく、一つの生を生み出すもののことなのです。そして、それは、特別な力ではなく、いつも日常のなかに存在している力、働きです。》

《諸個人のうちには、その「個人化」おいて人間を飛び越えたような、或る喜びの情動が、或る愛の感情が発動しているのです。それは、すべて〈このもの〉の本質である特異性に関わっているのです。それゆえ、私は、これを「人間の道徳」ではなく、とくに「超人の倫理」と名付けたいと思います。》

(…)存在するのは、ただ個人化する限りでの各個の個人だけなのです。しかし、それは、一般性が先にあるような個人のことではありません。つまり、〈私〉や〈個人〉といった言葉を前提として、最初から問題を立てているのではありません。例えば、なぜ「私」が存在するか、といった問いのなかで表象されるような「私」という個人のことではありません。》

(…)模範解答を拒否し、与えられた問題をすり抜け裏切り続けて、そうした問題よりも少しでも本質的な問題を構成し提起すること、(…)それこそがまさに哲学であり、倫理学なのです。》

《最初から抵抗や拒絶が問題なのではありません。一つの生を、つまり何よりも自己の生を肯定すること、そしていかにその肯定的な姿、すなわち様態を形成するのかといった問題が第一であって、その結果として、偶然にも抵抗や拒絶といった態度が生まれるのです。こうした生の様式を生きようとすると、おそらく個人は、相互に不可解なものとなるでしょう。》

●「自分に従う」とは、個人を超越した「善/悪」にではなく、〈この自分〉においてはじめて発生するような「よい/わるい」に従うということなのだ、と。

(…)例えば、或るショットをどのように撮るのか、一つのショットと別のショットをどのようにつなげるのか、等々。その多くの決定には、作品や監督の外部に予め存在しているような---それゆえ、各個の個人がもつ一つの生から超越していると言われるような---〈善/悪〉に従って作られたものにしないという意思表明が少なからず含まれています。》

《画家が、真っ白いキャンバスに一本の奇妙な曲線をいっきに引いたとしましょう。しかし、その画家は、何か不満なところがあったのか、それを破棄しました。次に、先ほどとは見た目にはどこが違っているのかはわからないが、似たような曲線を再び描いたとします。ところが、今度はその曲線にあきらかに納得した表情をその画家が見せたとしましょう。これは何を意味しているのでしょうか。》

《前者の線が破棄された理由は、〈善/悪〉に従ったものではけっしてありません。それは、何か破棄されるべき〈悪〉を有していたわけではないのです。その絵が破棄されたのは、それが画家にとって〈わるい〉線だったからです。》

《そして次に描かれた曲線が肯定されたのは、それが画家にとって〈よい〉線だったからです。では、この〈よい〉と〈わるい〉の規準はどこにあるのでしょうか。おそらくそれは、画家の無意識にあるとしか言えないでしょう。》

《それは、画家の無意識における或る観念なのです。それは、画家のうちで区別されているが、つまり差異をもっているが、しかし何か混乱した観念なのです。画家は、この潜在的な無意識の水準にある未分化な観念に従って、あるいはその観念を形成しつつ、それらの線を描いていくのです。言い換えると、この画家は、そこで初めて〈よい/わるい〉のもとで、ニーチェが言うような「個人化」の過程に入っていくことができるわけです。》

●我々は常に「自分に従う」わけではない。あるいは、「自分に従う」だけではない。重大なことは道徳(/)に従うのだし、どうでもいいことは流行(歴史的・社会的な現在)に従う。道徳や流行を無視することはできないし、それが望ましいというわけでもない。しかし同時に、それとは別の「自分に従う」という位相が常に働いている、と。

《たしかに私たちの人生は、その都度の歴史的・社会的な状態から離れては成立しえません。しかし、つねにこうした芸術的な生がすべての人の人生にともなっているのも事実ではないでしようか。》

《こうした意味を込めて、すべての人間は、〈よい/わるい〉に従う若干の芸術家なのです。》