山下敦弘『リンダ リンダ リンダ』

山下敦弘『リンダ リンダ リンダ』をDVDで観た。『くりいむレモン』ほどではなかったけど、かなり面白かった。誰もが観る前から想像できる通り、企画としては『スイングガールズ』とか『ウォーターボーイズ』とかの、そのまんまなのイタダキなのだけど、こういう企画の「売り」である、「様々な困難やアクシデントがあるなかで、みんなで一緒に努力してなにかをつくりあげて、最後には盛り上がって感動」という要素を、完璧にとはいわないけど、ほとんど骨抜きにしてしまっていて、努力しない(即席のバンドで、たった三日で出来そうなことをする、努力といってもたった三日の即席のものでしかない)、作り上げない(オリジナルを断念し、ほんの偶然から適当に選んだブルーハーツのコピーをする)、盛り上げない(しんみりとはさせても、クライマックスはつくらない、とくに途中に「困難」があるわけではないので、達成感とかもない)、で、なんとなくみんなであつまって、まったりした時間が示されつつも、そこでは皆それなりに真剣で切実ではあり、そのなかでの微妙な関係のアヤのようなものが丁寧に拾われることで、映画が成立している。『くりいむレモン』でも思ったのだけど、非常に「企画」の縛りのきつい、誰が監督をしても、多少、上手いか下手かの差がでるくらいで、たいしてかわりばえしないものしか出来ないだろうというような企画のなかで(その企画の「枠」をとりあえず守りつつも)、これだけ堂々と「作家」としての自分の体質(スタイルではなく)を全編に行き渡らせてしまう図々しさは、たいしたものだと思う。この監督は、順調に映画をつくりつづけていかれれば、本数を重ねるうちに徐々に「凄いこと」になってゆくというような(まるでホウ・シャオシェンのような)タイプの作家なのではないかと思った。
●とはいえ、この映画の良さのほとんどが、主演のペ・ドゥナに依っていることは間違いがなくて、この人の、例えて言えば、何もない吹きっさらしの原っぱで裸で突っ立っているような、無防備な存在感がとても良かった。余裕がない、という言い方はあまり適当ではないかもしれないが、余計な防御や攻撃の身振りとは無縁で、その場の状況をまるごと受け入れつつ、そのなかに保留なく身を預け切るように行動する、と言うのか。この人(べ・ドゥナ本人ではなく、役柄のソンさん)は、韓国から留学してきて、一人で異質な日本の集団のなかにいるから、こんな感じなのではなく、いつ、どこにいても、この人は、こんな人なのだろう、と思わせるような強さが感じられた。(留学生という設定は「設定」として分かりやすいし、おそらく正しいのだろうけど、そのような設定=配置を越えて、ペ・ドゥナが、あるいは「ソンさん」が、そこにいる、という感じなのだ。)この映画を観るまで気づかなかったのだけど、ペ・ドゥナは意外に身体のデカい人で、その身体の大きさ(をもてあます感じ)が上手く生かされていたように思う。
●あと、面白いのは、何故、唐突に、とってつけたようにブルーハーツなのかがさっぱり分からない、というところで、この映画からは「ブルーハーツ的な匂い」は、ほとんどどこからも、少しも感じられないのだけど、それなのに観ているうちに、なんとなく、ブルーハーツであることが納得させられてしまうのだった。(「企画」的には、女子高生とブルーハーツというミスマッチが狙われているのだろうけど、そのような「狙い」を越えた、不思議な関係が、映画によって成立しているように思えた。)
●ただ、この監督は多分、「かっこいい男の子」を画面に上手く登場させることが出来ないのだと思う。だから、香椎由宇の元カレのキャラクターとかが紋切り型で割とつまらなくて、この人が出てくるとちょっと退屈になる。この人がもっと山下的なダメっぽいキャラクターでも良かったのではないかと思った。