2023/04/23

●市長と市議会議員の選挙があるので地元のことを少し調べたのだが、意外なことに、ぼくが高校生だった頃に比べて、わずかだが人口が増えていることを知った。流入してくる人がけっこういるらしい。ぼくの体感では、八十年代に比べるとすっかり寂れてしまったという印象で、駅前の商店街にはシャッターが目立つし、百貨店だったところはパチンコ屋になっているし、何より人通りが少なく、夜などは、十一時くらいで、八王子に住んでいた頃の深夜よりもずっと寂しい感じになる。昼間歩く感じだと、風俗街も縮小傾向にあるようだ。前にはあった工業地帯も無くなっている。バスの本数も減った。だがそれは、かつて中心地だったところが寂れたということで、東京からそれほど遠くはない住宅地として、元々田んぼや畑だったところの宅地化が、今もなお郊外へと緩やかに拡散しつづけているということなのだろうと思う。本当に面白いところの何もない土地なのだが、東京への通勤圏であることと、気候が温暖であるということは、「住む場所」と考えるととても強いのだなあと改めて思った。この何もない空虚な「強さ」に微妙な感情が湧く。
(子供の頃には近所に、敷地がやたらと広くて、立派な構えの平屋の日本家屋と、農具倉庫であると同時に車庫であり作業場であるような大きな納屋と、大きな倉があるような、古い農家の家がたくさんあったのだが、その多くは、今では分割されて小さな住宅になっていて、少子高齢化の時代に、こんなに何もない田舎に、そんなにたくさん家を建てて、住む人がいるのだろうかと疑問に思うのだが、しかし住む人はいて、人口が増えているというのは、つまりそういうことなのだなあと思う。)
(終バスが終わった後の、深夜の駅前のタクシー乗り場には、街の閑散とした寂さに相応しくないような長蛇の列ができて、短くなることがない。みんなが遠くから帰ってくる街なのだなあ、と思う。)