●展覧会の最終日も終了しました。観に来てくださった方々に感謝します。週に二日くらいは会場にいたのですが、会場で、観に来てくれた人と話しながら、その時に(相手の質問などに答えようとして)自分の口から思わず出て来た言葉によって、自分のやりたかったことを事後的に知った、ということが何度かありました。まあ、「事後的に知って」しまったことは、そのような形で知ってしまった以上、もう今後は、それを単純に反復することは出来なくなってしまうわけですが。
●会場にいて、人が途切れたときに、『マチスの肖像』(ハイデン・ヘレーラ)のつづきを読んでいた。ぼくがマティスを観るとき、それはマティスの全作品が既に出そろった後に観ているわけで、だから、フォーブ時代のマティスも、実験的な時代のマティスも、ニース時代のマティスも、どれも変わらずマティスの絵だという風に(そこに共通の本質があるかのごとく、それを前提にして)観ることができるのだけど、もし同時代に、その都度マティスが発表する作品を、その先が見えていない状態で観ていたとしたら、それと同じではないだろう。例えばニース時代の作品は、確かにそれ以前の作品に比べれば微温的なのだけど、才能もあり技術的な蓄積も充分にある人が、ふっと力を抜いたときにしか観られないような魅力的なやわらかさがあってぼくはとても好きなのだが、しかし、それまで非常にテンションの高い、実験的な(挑発的に「見える」)仕事をしていた画家が、評価も高まり、経済的にも安定した後に、ニースなんていう金持ちのあつまる場所へ移り住み、なんとも微温的でブルジョア趣味的な絵を描きはじめ、しかもこの本によると、その作品は世俗的に浮けがよく、とてもよく売れて、この時期、マティスの絵の値段は十倍くらいに跳ね上がったということで、もし同時代の観客だったら、最近のマティスはちょっとどうなの、あの絵はいったい何?、なんか違うんじゃない、という風に反感をもっただろう。このような「反感」をもつことは決して間違ったことではなく、むしろ当然のことなのだが、しかし、それによって、ニース時代の作品の独特の魅力が「見えなくなって」しまうのだとしたら、それはやはり問題(問題の取り違え)だろう。我々は、ニース時代の後も、マティスが一生を通じて充実した仕事をつづけたことを既に知っている地点にいてニース時代の作品を観ているから、こういうのもありだと普通に思えるのだが、ニース時代の作品を同時代のものとして観ている時、それ以降のマティスがすっかり駄目になってしまうという可能性も十分にあるという状況のなかでそれを観ているわけで、そのような判断はそう簡単なことではない。このことは、様々な文脈のなかに埋め込まれた同時代の作品をリアルタイムに観ることの難しさを示していると同時に、作品は、決してリアルタイムのものではなく、「同時代」に(その様々な文脈に)縛り付けられるものでもない、ということも示していると思う。
●話はかわるけど、この本に載っていたニース時代のマティスのエピソードを一つ引用する。
マチスは古いルノーでモチーフのある場所まで出かけたのだろう。彼は道の真ん中をゆっくり運転するのが好きだった。別の車が来たらどうするのだと聞かれると、彼はこう答えた。「そうね、そのときは車を止めて外に出て、その車が通り過ぎるまで道端に座って待ってるんだ」。別のときに彼はこうアドヴァイスしている。「車を運転するときは時速五キロ以上だしてはいけない。さもないと木々の感じがつかめなくなってしまう。》
時速五十キロでモチーフのある場所まで行くのでは、マティスのような絵は描けないということだ。まあ、でも、時速五キロではしるんだっら、車じゃなくて歩けよ、とも思うけど。まあ、時速五キロは冗談だろうけど。でも、セザンヌはひたすら歩く人という感じだけど、マティスはあまり「歩く人」という感じはしない。(ただ、マティスはスポーツが得意な人で、乗馬はピカソよりずっとうまいし、ニースでは、ほぼ毎日ボートに乗っていたらしい。)