2021-10-09

新潮新人賞の「彫刻の感想」(久栖博季)、とても周到に構成・構築された小説だと思った。

樺太に居住するウィルタという民族のナプカという少女が、戦中に家族と別れ、日本人の家族にもらわれてフイという日本の名に変わる。フイの一家は戦火を逃れ北海道に渡り「あきお」という息子を産む。小説では、ナプカ(フイ)の母、オーリのエピソードから、娘のナプカ(フイ)、フイの兄の茂、フイの息子のあきお、あきおの娘である杏子のエピソードが、時系列の蝶番から外れて、互いに互いを包み合うかのように行きつ戻りつしながら語られ、そこに、北海道の風土や、熊(羆)、トナカイ、鹿、アザラシ、鳥たち(不死鳥)といった動物たちの(現実的でもあり、神話的でもある)イメージが織り込まれていく。フイの息子のあきおは、母がナプカという名で(も)あり、ウィルタに属していたことを知らず、民族の記憶はそこで途切れ、また、杏子は同性愛者で子供をつくらず、ウィルタとしての「血」もそこで途切れる。

ただ一人、フイの(もらわれた先の、血の繋がりのない)兄である、彫刻家の茂だけが、フイの出自を知り、彫刻としてウィルタの記憶を引き継ごうとしている。また、孫娘である杏子は、しばしば自分と祖母のフイとを同一視し、シャーマンのように自らのうちに祖母の記憶を反復的に蘇らせる。そのためなのか、父あきおの代で途切れたウィルタとの繋がりは、一方でロシアからの郵便を通じて、もう一方で彫刻家である茂を通じて、杏子の元で通じることとなる。とはいえ杏子は子供をもたないので、それも杏子の代で途切れるだろう。

「血」や「記憶」あるいは「魂」といったものの、伝承と断絶が織りなす複雑なネットワークが、歴史と、神話的動物まで含んだ北方の風土を背景として描かれている、という感じだろうか。政治的に読めば、少数民族が日本という大きな流れに同化させられる過程とも読めるかもしれない。

周到に編まれて密度も濃い高度な小説だと思うが、文章やイメージの作り込み、比喩といった表現を、妙にひねりすぎているように感じられるところがないわけではなかった。とはいえ、濃くて面白かった。