⚫︎『空き家課まぼろし譚』(ほしおさなえ)。最近、ほしおさなえをちょこちょこ読んでいる。集中的に読んでいるというより、つまみ食い的に読んでいる程度だが。この作家の「街(土地)と建物(家)と古くなったメディア(技術)に対する関心のあり方」に関心がある。
ただ、この小説は期待したほどには良くなかった。
《ここ、海市は日本海の海際にある海上都市で、「日本のベニス」と呼ばれている。本島(海市島)とそれを囲むいくつかの小島の隙間を埋め立てて築かれ、ベニスと同じように街中に運河がはりめぐらされている。》
このような架空の街が舞台で、かつて海運で栄えたため立派な洋館などが多くあるその街の「空き家」を管理する「空き家課」で最も若い職員の男性が語り手。彼と、その「空き家課」の課長の娘で、強気で頭の良い小学五年生の女の子がペアになって事件を解決する、というような話。男性は気が弱いというか、押しの弱い人で、小学生の女の子に振り回されるというか「使われている」感がある。この二人の関係がとてもいい感じ。女の子には特殊能力があって、撮影された場所で写真に触れると、その写真が撮影されたほんの短い一場面がホログラムのように再現される。語り手には、空き家から残されたアルバムをパクってしまうという悪癖がある。女の子と語り手には、ある時期以前の自分の過去(記録)を丸ごと失ってしまったという共通した過去がある。
(つまりこの作品における「古くなったメディア(技術)」とは写真(紙焼きのアナログ写真)のことで、この小説は写真についての小説でもある。)
このような舞台、設定で、ほしおさなえが書くとするとかなり面白いに違いないと期待したが、面白くなりそうな要素はたくさんあるのに生かしきれていな感があった。
ただ、Wikipediaを見るとこれは2011年の作品で、初期の、尖ったミステリを書く作家から、人気作家となった現在の「街」と「建物」と「古くなったメディア(技術)」から物語を立ち上げる作風に変化する、その転換期に当たる時期の作品だと考えていいようだ。「ものだま探偵団」シリーズの第一作『ふしぎな声のする街で』が出るのが2013年で、この辺りで現在の作風に到達した感じなのだろうか。
(作家の作風の変化について語れるほど多くを読んでいるわけではないのだが…。)
とても魅力的な設定なので、シリーズ化して、現在のほしおさなえが続きを書いたら絶対に面白くなるのではないか、と、一瞬思ったが、しかし、この作品に潜在している「面白くなりそうな要素」は、これ以降のこの作家の他の作品でさまざまに展開されているのだと思えば(実際、この作品に含まれるものと同様のモチーフは他の作品でもよくみられる)、これはこれとして、このままでいいのかな、と思った。むしろそういう作品として興味深いのか。