2025-09-20

⚫︎稀なことだが、コミックを買った。紙の本で。この10年で買ったコミックといえば、三好銀施川ユウキ、三島芳治、久野遥子くらいだろうか。

『解剖、幽霊、密室』(サイトウマド)。まったく何の知識もなく、タイトルと表紙に惹かれて買った。他には、榎本俊二が推薦しているという帯の情報があるだけだった。「複層住戸」「怪獣を解剖する」「天井裏に誰かがいる」という三つの短編が収録されている。

思っていたのとはちょっと違った。意外なくらいにマニアックな感じがなく、素直であっさりした感じ。それが物足りないとも言えるし、そこが美点で新鮮だとも言える。「怪獣を解剖する」は、ぼくには常識的すぎて薄味であるように思われた(ただ、この作品は長編化されているようなので評判が良いのだろう)。「天井裏に誰かがいる」は、とても興味深い複雑な幽霊譚だが、基本として「素直であっさりしている」という作風であることから、もう一つ深掘りして欲しいという感じを持ってしまう。律儀に、元ネタとなった作品や資料が付記されているのだけど、まあ、そうだろうなあという感じで、ネタ元が割と素直に反映されている。この素直さに、捻くれたぼくなどは戸惑いと新鮮さを感じる。

(幽霊は、一方では未知で異質な存在であり、恐怖を惹起させるが、もう一方で、概知の懐かしい存在でもあり、それはノスタルジーやセンチメントを惹起させる。この両者が分かち難く、分節化が困難な形で結びついてこそ幽霊のリアリティーがあるが、多くの場合はその一方が強調される。この作品ではその両者を融合させる手つきに新鮮なところがあるように思われた。)

で、「複層住戸」がとても面白かった(勝手な言い草だが『セザンヌの犬』と通じるところがあるようにも思った)。大学入学のために上京して借りた部屋にどうも幽霊がいるらしい、という、最初の設定はよくある話だ。ただ、この「幽霊がいるらしい」という一つの出来事と思われたことに、互いにまったく無関係である二つの異なる原因があった、という展開になるところが面白い。二つの異なる原因の複合により、一つの出来事と思われる事柄が構成されていたことが、だんだんとわかってくる。

二つの原因の一方が、下世話な、というか、人間社会にありがちな、エンタメ的なフィクションとしてもよくあるような原因なのだが、もう一方の原因が、抽象的というか、思弁的で、一つの「世界観」を示すようなもので、この二つの原因の混ざり方が面白い。どちらか一方であればありふれているかもしれないが、この二つがこのように混じるというところが新鮮だった。

主人公が借りた「部屋」は、二つの意味で、もう一つの「別の部屋」とつながっているのだが、一方が、物理的で社会的で三面記事的なつながりで、もう一方が、抽象的で思弁的でSF的というかファンタジー的なつながりで、それら二重の異なるつながりの「複合」によって「幽霊がいる」的な、ホラー的現象が生まれる、という面白さ。