⚫︎U-NEXTで『りんごのうかの少女』(横浜聡子)。これは素晴らしかった。映画の最初の方で、四人の子供たちがカラオケ店の前でダベっている場面からもう胸がいっぱいになって泣きそうになった。
(短編であるせいか、話の収束のさせ方がややありきたりに感じられたが、そんなことは些細なことだと思えるくらい素晴らしい。)
方言が容赦なくて、何を言っているのかほとんど聞き取れないのに、なぜか意味は大体わかるという不思議な感じ。自然には聞き取れないが外国語というわけでもないというこの感じは、フィクションの人物が喋る言葉として理想的かもしれないと思った。意味に囚われすぎないが、意味がわからないほどでもない。セリフを聞いていると、普段、人の声を聞くだけですんなり意味が入ってくることの不思議さを逆に感じる。
(ただ、子供たちがしばしば口にする「まいね」という語の意味が分からなくて、ネットで調べたら意外にも「ダメ」という否定の意味だという。映画だと肯定的なニュアンスで口にされる感じに見えたのだが、「ダメじゃん」という自己ツッコミくらいのニュアンスなのか。)
日本映画っぽくなくて、ヨーロッパの、ポスト・ヌーヴェルヴァーグ的な系列の監督の撮る「思春期モノ」に近いような感触にみえたのだが、なぜなのだろうか。弘前の風景のせいなのか、それとも、四人の子供たちのとても「ナマっぽい」感じから、そう感じられたのか。
(日本映画の男性監督の撮る「少女」とは明らかに違う感触があるのだと思う。←自己ツッコミ。5年前の日記では「相米っぽい」と書いているが…? )
女の子と男の子が、神社で、りんご農園をめちゃくちゃにして、それで入った保険金を盗み出そうという計画を話している場面で、女の子の顔に西陽が当たっている(作った照明ではなく、おそらく実際に西陽が当たっているのだと思う)のだが、この場面で、女の子にこのような光が当たっているということがとても素晴らしいことのように思えた。
そしてこの「計画」は、女の子と男の子の二人のためのもので、しかも、計画が成功すれば離れ離れになってしまうというのに、他の二人も計画に参加して、四人で協力して計画を進めているところが良かったし(だが、ポリタンクを運ぶあの軽トラは誰が運転していたのか ? )、女の子にこういう友達がいて本当に良かったと思った。この映画の良いところの大部分は、この四人の子供が良いということだろう(カラオケ店の前の場面も良いが、赤い鉄塔の場面が特に素晴らしい)。
(子供たちは、灯油を盗んでりんご農園を燃やし尽くそうとするのだが、さすがに、映画のために実際にりんご農園を燃やすわけにはいかず、りんごの樹が一本燃えるだけだが、この「燃える一本のりんごの樹」のイメージがびっくりするくらい美しい。)
あとやはり、永瀬正敏のボンクラな父親のボンクラさがとても素晴らしい。ダメなおっさんだが、ダメであることはそれ自体で素晴らしいことなのだ。あのような亡くなり方も、おそらく彼には相応しい。
(青いトタンの家、いきなりてでくる馬、工藤夕貴が永瀬正敏に投げつける貝、右手と右足が一緒に出る行進、吉幾三、赤い鉄塔、赤いジャンパーとパンプス、赤いポリタンク、あおむし、燃えるりんごの木、濃い緑、小声で密かに呟かれる「誕生日おめでとう」)
(この日記を検索して、5年間にこの映画を観ていたことがわかった。2020年7月15日だ。すっかり忘れていた。というか、永瀬正敏が馬から落ちてしまうところはなんとなく憶えていたが、その後の展開は新鮮で既視感がまったくなかったので、前に観たかもしれないが途中でやめたのだろうと思っていたが―だから検索してみたのだが―、どうも最後までちゃんと観ていたようだ。前に観た時には、好印象ではあったが今回ほどは素晴らしいとは感じられなかったみたいだが。)
⚫︎ようやく「閃光のハサウェイ」の続編の予告が出た。来年の一月公開か。2021年の第一作目から、来年の二作目までの間に、「水星の魔女」「ジークアクス」という、二つのヒット作が挟まっている。ちょっと前の「ガンダムUC」も含めて、この10年くらいのガンダムのヒット作は、新しい作家による新しいガンダムだが、「閃光のハサウェイ」は「逆襲のシャア」から直接づづく、直系の冨野ガンダムだ(冨野による小説が原作)。
(主人公のハサウェイ・ノアは、ガンダムの宇宙世紀シリーズで、ホワイトベースやアーガマの艦長であるブライト・ノアと同僚ミライの息子で、地球連邦側のいわば英雄的な軍人夫婦の子供だ。しかしそのハサウェイが、連邦政府に抗するテロリストとなり、その集団を率いているという話。)
・予告『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』│2026年1月30日(金) 公開
https://www.youtube.com/watch?v=e9oZ3sRTUdA