●『掟上今日子の備忘録』の七話までHuluで観た(「けもなれ」の野木亜紀子脚本のドラマを追ってみるため)。このドラマの、掟上今日子と隠館厄介の関係は、『シュタインズゲート』の牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎との関係に似ていると思った。掟上と牧瀬どちらも記憶を失い、隠館と岡部はどちらも彼女たちの記憶を代補する。記憶のかわりに掟上と牧瀬は頭脳によって解釈と解決を提供し、隠館と岡部は実践を担当する。ただ、隠館と岡部は記憶の代補となるために、毎回その都度、掟上と牧瀬の信頼を得なくてはならない。信頼は持続も蓄積もされず、その都度何回も構築し直されるというのが、隠館と岡部が掟上と牧瀬の記憶の代補となることの条件だろう。
だが、「掟上…」においてリセットされるのは掟上の記憶だが、「シュタゲ」においててリセットされるのは世界そのものの方だという点で、設定は反転されている。
(「掟上…」においては記憶を失う掟上が特異体質だが、「シュタゲ」においては記憶を失わない岡部が特異体質だ。)
「掟上…」は、設定やシリーズとしての流れを大きく引いてみると面白くなくはないのだけど、一話一話の密度があまりないので観続けるのがちょっときつい。