2019-02-15

●『マルセル・デュシャンとチェス』(中尾拓哉)を読んでいたら、作品制作をやめた後のデュシャンがチェスの国際大会でしばしばフランス代表に選ばれていたと書いてあって驚いた。デュシャンが制作をやめてチェスに没頭したという話は有名だが、それをどこかで「リタイア後のおっさんが縁側で将棋を指している」みたいな感じ近いものとしてイメージしていて、いわば「チェスへの没頭」を、制作しなくなった後の「沈黙」の隠喩的表現のようなものとして捉えていたのだと反省した。デュシャンにおけるチェスを舐めていてすいません、という感じだ。

しかしそれは、ディシャンは、作品の制作することをやめて沈黙したのではなく、たんに(チェス好きの)アーティストから本格的なチェス・プレイヤーに転身したのだということも意味していて、だから、デュシャンの「沈黙」に対して何かしらの深遠な意味をみいだそうとすることそのものが間違っていた、ということにもなるのだなあと思った。デュシャンは、沈黙したのではなく(隠喩的にではなく字義通りに)チェスをしていた、と。

デュシャンの「チェス・プレイヤー」としてのキャリアは、美術史においては欄外項目である。しかし、実際にチェスをするその姿は、隠遁者のイメージにはほど遠く、「フランス・チェス連盟(FFE)」から「チェス・マスター」の称号を授けられ、チェスの国際大会でフランス代表として招聘されるなど、多くの輝かしい記録が残されている。》