⚫︎RYOZAN PARK 巣鴨で「保坂和志の小説的思考塾vol.21 小説の素人であり続けること」。この会は、保坂さんのレクチャーの会であると同時に、ある種の人たち(それこそ保坂さんの話を聞きにくるような人たち)の交流の場でもあって、保坂さんの話が二時間くらいあったあと、懇親会が三時間くらい続く。保坂さんの話だけを聞いて帰るのも当然アリだが。
この種の集まりは、一方で(婚活パーティーのような/と言っても婚活パーティーになど出たことはないが)自分のキャリアのためのコネを見つけようとギラギラしている人が集まるような会か、でなければ、(いわゆるサロンビジネスのような)「推し」や「教祖」を囲むファン(信者)の集いのようになりがちだが、そのどちらでもないという稀有な状態が、今のところ維持されているのではないかと思われる。明らかなアンチ保坂で「保坂を論破してやる」みたいな人はあまりいないので、そういう意味ではある種の傾向性のある人の集まりだが、それは、保坂さんの話を聞きにこようとする人は大体において、婚活パーティー派でもサロンビジネス派でも、ましてや少年ジャンプ的なバトルして勝ち上がろう派でもない人であるというふうに、自然になっているということだろうと思われる。
(いい加減な主観的目算だが、いつもいる人が半分くらいと、初めての人を含めた流動的な人たちが半分くらいだと思われる。21回も続く中で、90年代からの保坂さんの古参ファンから、二十代くらいの若い人までいるというのが驚くべきことだと思う。)
何かを書きたい(やりたい)と思っているが、書きあぐねている(やりあぐねている)、未だなにものでもない人が、生きるために書き続ける(やり続ける)ことを可能にするための友人を見つけられるような会であるということがとても貴重なのだと思う。とはいえ、それが「目的化」されてしまうと、それはそれで「地味な人たちのための婚活パーティー」みたいになってしまうので、普通に生活しているとなかなか出会えない変な人たちがゆるく集まる会(だから「変な人」をちょっと見に行こう)、くらいの感じであるところが良いように思う。
ということはつまり、「この会を足がかりにして出世する」というのは期待できないということでもある。
⚫︎ここで書くことは保坂さんのレクチャーのレポートではなく、保坂さんの話からぼくが勝手に考えたことだ。
「幸福な王子」(オスカー・ワイルド)について、これは自己犠牲でもないし皮肉でもないという話があった。王子はベタに、字義通りに「幸福」なのだ、と。
ぼくが「幸福な王子」を読んでまず思うのは、ツバメの「幸運」だ。ツバメは、王子と出会わなかったら、仲間たちのいるエジプトへ渡って、仲間たちと楽しく一冬を越えることができただろう。だが王子と出会ったので、街にとどまり、冬を越えられずに死んでしまう。しかし、王子と出会うことで、善い行いをすることができたし、善い行いをすることのの喜びの中で生きることができた。最初は仕方なく、しかし次第に自らすすんで、ツバメは王子と共にあり、それはツバメにとって「幸運」であり「幸福」であった。
(そもそもこのツバメは、『蘆」を好きになることでエジプトへの旅立ちを遅らせてしまうというように、仲間たちから外れがちな性質を持っていた。そのようなツバメが王子と出会った。)
同時に王子もまた、ツバメと出会ったことが「幸運」であった。王子は、遠くまで見通せる視力と、ルビーのついた剣やサフアイアの眼や金箔を持ってはいるが(しかし彼は「純金の王子」ではなく「金箔貼りの王子」にすぎないのだが)、動くことができず、自分の力では自分の持てる物を(否応なくその存在が目に入る)困難な人たちに与えることができない。たまたま、南へ渡ることの遅れた孤独なツバメがいて、そのツバメが(南への渡りをさらに遅らせてでも)協力してくれたから、自らの「持つもの」を人へ与えることができた。
ツバメにとっては王子と出会えたこと、王子にとってはツバメと出会えたことが「幸運」であり、その幸運によって彼らは「幸福」であることができた。その根本には王子の「鉛の心臓」(そして、仲間から外れがちなツバメの心)があるにしても。
では、ツバメと出会えなかった王子はどうすればいいのか、という話になるのかといえば、そのような話にはならない。そういうことが問題にならないというのが「童話」という形式の(ベタであることの)強さではないか。王子がツバメと出会えなかった可能性は ? 、とか言わないで、ただ「王子はツバメと出会ったのだ」ということの「幸福」だけを言う。この話にはそういう素朴な力があるのではないか。
⚫︎物事の「良い側面」だけをいうのは無責任ではないかという意見もあるだろう。だけど、「幸福な王子」の隣に親鸞の「悪人正機説」を置いたらどうだろうか。唯円は親鸞に「一千人殺せば往生できる」と言われるが唯円は「一千人はおろか一人も殺せない」と応える。親鸞は言う。人は「機縁」がなければ「悪人」であることもできない。心が善だから殺さないのではないし、殺さないと思っていても殺してしまうかもしれない。善人も悪人も、そうであるしかなくそうであり、人はただそれぞれ「不可避の一本道(これは吉本隆明の言葉か ? )」を通じて浄土へと導かれるのだと親鸞は解く。ここでは善人は善人として、悪人は悪人として肯定されるのだが、だからこそ「善い行い」を行える「機縁」を持つ(たまたま「善い心」を持つことができた)王子はただただ「幸福」であり、その「幸福」はそうではないことの可能性との比較ではなく(あるいは、そうではない可能性と共にあるからこそ、であるかもしれないが)、それ自身としてただただ寿がれる、と考えることができる。稀有であるかもしれないが(それは「わたし」ではないかもしれないが)、そのような美しい「鉛の心臓」に憧れ、そのようなものがこの世にあり得ることを喜ぶのだ(サウイフモノニワタシハナリタイ、と)。
⚫︎それは「わたしのもの」ではないかもしれないし、それが「わたしの元」に現れることもなかなかないかもしれないが、この世界には「良いもの」があり得て、そういうものがあり得るということを喜ぶことができる。芸術を志す根本的な動機はそこにある(そこにしかない)。「小説家になりたいな」と思っていた頃になにをやりたかったのか考える、と保坂さんは言う。好きな小説があって、そういうものに「連なりたい」という思いをもっていた、と。それは、「わたしの気持ちがわかってほしい」とか「共感されたい」とか「わたしの実力(あるいは存在)を認めてほしい」とかとは違っている。
(とはいえ、実際には「誰にも理解されない」のは辛すぎるし、あまりに辛いと人は腐ってしまう。「何かといちいち自尊心を削ってこようとする社会」に抗して「喜ぶ心」を腐らせないためにも、尊敬し合える友人はいたほうがいいだろうと思う。)
(ある程度長く生きていると、若いときはキラキラとした豊かな才能を持っていたのに、どこかの段階でそれを腐らせてしまう人を嫌でも多く見ることになる。あまりにも理解されないと人は腐ってしまうが、逆に、社会的な評価を得たことで、その評価を維持するために道を誤ってしまうこともある。評価されることの喜びはすごく大きいし、それに経済的なことがついてくれば尚更だ。「評価」あるいは「数字」に対してどのような態度を取るのかということも、極めて難しい。腐らないで生きていくのは本当に大変で難しく、罠はそこここにある。それこそ多くの「幸運」も必要となるだろう。)
(だからこそ「楽観」こそが最も強い、とも言える。「つくることの手応え」と「自尊心」があれば「評価」がなくても生きていける、というような。)
⚫︎文学賞のようなものの権威や価値を、多くの人が信じすぎていて、それが社会の保守化の現れでもあるだろうと保坂さんは言う。ぼくが感じているのは、小説家としてデビューすること、そして芥川賞などの賞を受賞することを、すごく難しい資格試験をバスすること(つまり、すごくハードルの高いゲームにチャレンジしてそれを「克服する」こと)と同じようなものとして捉えている人が多いのではないかということだ。ならば、ノーベル文学賞は「世界新記録」を越えるというようなことなのか。それはもう本当にダメな態度だと思う。
(困難な目標を設定し、それに挑戦して、とにかく努力を重ねて達成することが尊い、中身は関係ない。オレはともかく努力して達成した、努力も達成もしない奴が中身にかんして文句を言うな、といってマウントをとる権威主義的マゾヒズム。それは抑圧的で強迫的な空気を生むだけで誰も幸福にしない。しかも、自分でそれをするだけならまだしも、他人にもそれを要求する。それをしない人を馬鹿にする。あるいは、達成できなかった「自分」を軽蔑する。本当に何もいいことはない。話が少しずれたかもしれない。)
何にしろ、作品を作るということは、どんなにささやかなものであれ、これまで世界に存在しなかったことを一つ作り出すということで、それは、あらかじめ設定された困難を「克服する」ゲームとは根本的に違うし、誰かが設定した「基準」をクリアすることで「資格」を得るゲームでもない。言ってみれば、誰でもが勝手にやり始め、勝手にルールを作りつつ作り変えながら勝手に遊んでいるゲームのようなものだろう。
(とはいえ、そのゲームには何かしら「お手本」のようなものがあり、ゲームは《好きな小説があって、そういうものに「連なりたい」》というような気持ちによって発動される、ある歴史的な流れの元にある。たけどその「流れ」は、公的基準によって決まっていて、成否を定める公的判定人がいるのではなく、その都度、新たなプレーヤーによって勝手に読み替えられて、勝手に遊ばれていくものだ。その「遊び」がどの程度の広がりを得られるのかは、また別の話だが。だからそれは「社会」よりも前にあって、社会を作り変える根本的な「力」と連動する。たとえその「遊び」そのものに社会を変える力はないとしても。)
⚫︎ピカソがマティスに「あなたがテクニックを身につけていないのはむしろ幸せなことだ」と言ったという話。マティスは、いわゆる伝統的なデッサンや油絵の技法を身体化していないが故に(適度に見栄えのいい作品でお茶を濁すことができず)、自分が望む作品を作るための技術を一から自分で作り上げるしかなかった。ただし「(それがどんなにささやかなものであれ)自分が望む作品を作るための技術を一から自分で作り上げるしかな」いというのは誰でもがそうで(悪達者の代表であるようなピカソ自身も同様)、結局どこかでそれに気づくしかないのだが、それに気づくまでにだいたい大きく回り道をする。だが、マティスは初めから直にそこに行けた。とはいえ(ギュスターヴ・モローのアトリエで絵を描き始めた)マティスの仕事はアウトサイダーアートではなく、西洋近代絵画の流れの中にある。ただそれは「公的基準」ではなくマティスにとってのそれだった、というところが重要。
あるいは保坂さんが『プレーンソング』を書いているとき、手応えを感じつつも、これは今の文芸の世界では毛色が違いすぎて評価されないだろうとも思っていたと言う。何かしら新しいものを作るというのは、その時点の世界の中で、それが上手くハマるような場所を見つけられないような妙な何かを作るということになる。そしてそれが、その後に何かしらの場所を得ることができるかどうかは、それを作っている時点ではわからない(保坂さんは芥川賞作家になれたわけだが)。わからない中で作るしかない(わからない中で作るから楽しい、とも言える)。
(その時点での「文脈」を読み、メタ的視点からそれに向けてジャストにハマるようなもの、あるいは「文脈」批判であるようなものを「狙って」作るのが、デュシャンであり、コンセプチュアルアートであり、現代アートであるというのは、根本的な誤解だと思う。)
それが誰であるにしろ絵を描いていれば画家であり、小説を書いていれば小説家であり、踊っていればダンサーである(いい画家であるか、いい小説家であるか、いいダンサーであるかは、また別の話だ)。それは資格試験や選考委員とは何の関係もない。そして、プロとして社会に認められているからといって(あるいは、「選考委員」という座を得ているからといって)、その人の作るもののクオリティが保証されているわけではないことを、(権威主義者でなければ)誰でもが知っている。
⚫︎『プレーンソング』を書き出したことで、初めて「長く書けるかもしれない」という気持ちになれたと保坂さんは言う。早く書き終えたい、ではなく、ずっと書いていたい、と思えた。そしてそこで初めて、小説を書くことを一生の「趣味」にできるかもしれないと思った、と。「趣味」ということの意味は、特に評価されなくても、書くことによって得られるものによって(それを自分への報酬として)書き続けることができるということだろう。
ここで「趣味」として書き続けるということが、プロになるということ、あるいは文学史に登録されるような作家になることよりも軽いことであり、劣ったことであるという価値観が逆転される。あるいは、少なくともその価値観は相対化される。
だがそれは、誰でもが書くことができ、誰でもが等しく作家であり得るということとは、微妙に違っている。それは、真に過激な芸術、あるいは根本的な意味での芸術としてあろうとするならば、上記のような意味で「趣味」としてあろうとする人によってしか成り立たないのではないかということだ。