2026/03/09

⚫︎『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる)。子供の時に読んで以来、ということはないと思う。おそらく学生の時に何度か読み返しているはずだが、いずれにしても30年ぶりとかではあると思う。とても素晴らしい。

この話の重要なところは「児童文学ではない」というところだろう。作家はこれを普通の小説として書いたのだと思う。少なくとも子供が主人公の話ではない。児童文学の作家として知られる作者の代表作が児童文学ではない、というのが面白い。シリーズ2作目以降は「児童文学」になっていくのだが、最初のオリジナルはそうではなかった。

主人公は10歳の時に山の中に自分だけの特別な場所を見つける。その場所にちょくちょく通ううちに、その土地を見つけた1年後にそこで「小人」と(同時に一人の少女と)出会う。しかしその邂逅は一度きりのことで、しばらくして主人公はその土地を離れ、間に戦争を挟んで、再びその土地を訪れるのは大学生くらいの年齢になってからだ。主人公はその土地への変わらぬ愛着を感じ、卒業後にはその土地のある街に就職し、土地の持ち主を探し出して、(将来、お金を貯めてその土地を買うことを前提に)土地を借りることに成功し、拠点としてそこに小屋を建てることにする。そして、かつて一度だけ目にすることのできた小人と再会し、その存在を確信するのは、初めて出会ってから(正確には書かれていないがおそらく)10年以上の時間がたってからだ(そしてそれは同時に、かつて一度だけ出会った女性と再会するということでもある)。

だからこれは、子供の時に出会った重要な何かに大人になってから出会い直すという話であり、あるいは、長い長い時間のなかでゆっくりと進行する出会いと信頼の話だろう。この物語のリアリティのキモは、出会いがゆっくりゆっくり長い時間をかけてなされるというところにあるので「子供の話」ではない。

⚫︎この物語には、小人たちが住む大切な土地に高速道路が通る計画があり、土地が破壊されるかもしれないという危機があって、その危機が、主人公と小人たちの行動によって回避されるという、いかにもクライマックスであるかのようなエピソードがあるが、このエピソードはこの物語にとって本質的なものではなく、この「問題→解決」みたいな展開をとっぱらったとしても成立する話だと思う(現時点から見るとこの部分だけ「ちょっとリアリティが…」と思ってしまう)。

重要なのは、主人公がこの土地を発見し、魅力を感じてしばしばも通い(土地の描写が重ねられ)、そこで不意に決定的な何かに出会い、そしてその後、しばらくの空白の時期を経て再来し、大人になってできることの増えた主人公がその土地を整備し始め(正式に「借り受け」、小道を作り、小屋を建て、いずみの水を引いて池を作り…)、そのような主人公を長い時間をかけてじっくり見ていた小人たちのコミュニティが、彼を自分たちの味方として信用しても良いと判断して、自分たちの存在を開示するという、その時間の推移と積み重ねが描かれていることだろう。

(小人たちが主人公をずって見ているように、主人公もまた小人たちの存在をずっと予感として感じている、という保留の時間の堆積。)

⚫︎この話を初めて読んだのはおそらく小学3年生か4年生くらいで、とても強いインパクトを受けたのだが、しかし、当時すでに「この世界に小人が存在するかもしれない」ということを本気で信じることはできない年齢になっていた。たけど「小人が存在するかもしれないと本気では信じられない」ということがとてつもなく理不尽なことであるように思えて、「あたかも小人が存在するかもしれないと本気で信じているかのような振る舞う」ことで「本気で信じる」ことができるようになるのではないかという思いから、時々不意に机の引き出しを開いたり、植え込みの植物の葉っぱの裏をのぞいたりということをしていた記憶がある。あるいは、小人が存在できないこの世界のあり方の方が間違っていて、物語の世界の方が正しい(リアルな)あり方なのではないかという感情が、自分ではどうにも処理できないくらいに強く惹起されて、いてもたってもいられなかったという覚えがある。

⚫︎昭和59年という日付のある「あとがき」には、この本は、昭和34年の春に《タイプ印刷による私家版として、百部余りを作った》もので、《せめて自分の子どもぐらいは読んでほしいものだと思った》と書かれている。それが、同じ年の7月に講談社から出版されることになった、と。そしてそれ以降(作者は2017年に亡くなっているが)作者の死後もずっと、現在でも普通に新刊本として買える本として流通している。これはとてもすごいことだ。

また作者は、若い頃の作品なので《読み返すたびに手を入れたくなるのはつらい》が、《青春の思いのたけがこめめられて》いるので《一途さが消えてしまうかもしれない》から手を入れられないと書かれている。確かに、これは絶対に後から手を入れちゃダメなやつだ、と思う。