●昨日、夜、はやいうちに寝て、深夜に起き、駅前の二十四時間営業のファミレスまで行って、ゲラの直しのつづきをやる。深夜の誰もいない住宅街の道を駅の方へ向かう。新聞配達のバイクの音もまだ聞こえない。鳥もまだ鳴き出さない。誰とも擦れ違うことはない。と思ったら、ずるずると足を引き摺るように徘徊する十代の男女、五、六人のグループと擦れ違う。大声を出しているわけではなく、ひそひそと喋り、まったりとしつつもざわついた雰囲気。夏休みだなあ、と思い、十代だなあと思う。
駅前のファミレスは、良い立地なのに何故かずっと荒れ放題の空き家だった場所(幽霊が出るという噂もあった)に出来たもので、だから敷地も狭く、駐車場もなく、いわゆるファミレスっぽいつくりではない。がらんとしたスペースに、無造作な感じでテーブルと椅子が散らすように置かれている。二組くらいしか客がいない。一組はジャージ姿の若いカップル。囲い込まれたような喫煙席のブースで、二人とも、サンダルを脱ぎ、二つ並んだ椅子のもう一つに足をのせて、半分横になるみたいにしてまったりとだべっている。もう一組は、若い女性が一人。こちらは禁煙席。テーブルの上に分厚いマンガ雑誌をのせて、半笑いの表情でその裏表紙をじっと眺め、手は備え付けのナプキンを折り畳んだりしている。フロアーに店員は一人。ぼくは禁煙の窓際の席へつく。店員がやってくる。ロリータ風のコスプレみたいな制服だ。一番安いドリンクにしようと思ったのだが、こんな時間に働いている人になんだか申し訳ないように思い、それよりちょっとだけ高いフレッシュジュースみたいなものを注文する。深夜の割増料金が一割追加される。本とゲラを鞄から取り出す。この席は厨房から一番遠い。いつも行く喫茶店では典型的なモダンジャズがかかっているのだが、ここでは、ねっとりと粘るような(しっとりとロマンチックな、と言うべきなのか)スローな曲が低い音量でかすかに流れている。知らない曲だけど、聴いたことがあるような曲。丁寧に作り込まれ、非常に上手な人が歌っているけど、別に面白くはない曲。こいうい曲を聴くことがほとんどないので、少し不思議な気持ちになる(このファミレス、というか、ファミレスというものを利用することがほとんどないので、こういうところで流れているような曲を聴くことがない)。だが、この不思議な感じは、深夜を配慮した音量の低さからきているのかもしれない。テーブルの上のゲラに目を落とす前に、がらんと空いた店内を見渡す。誰もいないテーブルと椅子がずっと並んでいる。灯りが煌煌と灯っている。他人の夢の中のような眺め。窓の外は駅前のロータリーで、すぐ先にタクシー乗り場があるのだが、駅の「栄えてない方の側」なので、暗くて、人影はなく、タクシーもない。
しばらく集中して、ふと顔をあげると、空が薄明るくなっていた。水の入ったグラスが温くなって、まわりについた水滴が流れ落ちてテーブルに溜まり、紙を濡らすので、グラスの下にナプキンを敷いた。そして、次に外を見た時には、もうすっかり空はきれいな水色で、白い雲の一部に朝日のオレンジ色が映えていた。駅に隣接するビルの四階あたりを、五、六羽のハトが飛んでいて、すぐにビルの裏に消えた。タクシーの姿もみえた。今日も一日暑くなりそうだ、という空だった。時間を確認すると5時過ぎだった。トイレに行って、それからもう少しだけ粘った。
六時半くらいにファミレスを出る。既に太陽が眩しいくらいに照りつけている。もう、ちらほらと見かける、駅へ向かうサラリーマンたちとは逆の方向へ歩いて、部屋へと向かう。空き地の雑草の黄緑がぎらぎらしている。しかしまだそんなに暑くはない。部屋に戻って昼前まで寝た。