●引っ越しのごたごたで、書き始めたまま中断していた小説のつづきを少しだけ書き継ぐことができた。引っ越し作業が落ち着いたら書こうと思っていたのだが、なかなか書き出せなかった。二か月以上中断してしまっていた。
●今日、書いたところをちょっとだけ。この部分が、完成したときに残っているのか、どのように変形されているのかは、まだわからないけど。
≪夢のなかのあなたは柴犬を追いかけている。場所は斜面に建つ農家の庭先だ。だとすればあなたは今、その家の七歳になったばかりの子供であるはずだ。だから、犬を追いかけるのに杖はいらないし、犬に飛びかかろうとして転んでも膝頭に擦り傷をつくるだけで済む。あなたは存分に動き回る。とはいえ、柴犬の運動能力は七歳のあなたよりはるかに勝るので、柴犬は、つかまらないようにしつつも距離が離れすぎないよう、圧倒的な一人勝ちになって遊びが成立しなくなってしまわないようにと配慮しながら逃げている。七歳のあなたには柴犬の気遣いを理解することは出来ないが、彼のまなざしのなかに含まれる慈しみのような感情を感じることは出来るのだ。一人っ子であるあなたにとって犬は兄であり、父のいないあなたにとって犬は父であり、つまりあなたは犬でもある。
マーくん、と家のなかから呼ばれたこの子の正確な名前を柴犬は知っているがあなたは知らない。母親に呼ばれてマーくんは家へ戻り、柴犬は庭に一匹残される。家に戻るマーくんを目で追いながら走る速度をゆるめる柴犬は、動きが止まったところで後ろ脚を折ってしゃがみ込む。大きなあくびをする。庭の隅には背の高いひまわりが三本立っている。柴犬は、今日はひまわりの似合う陽気だ、と思う。柴犬にはひまわりの鮮やかな黄色は見えていないが、においを色のようなものとして感じる。空の青さえもにおいとして感じている。もう一度あくびをした柴犬は、前脚も折り曲げ、頭を折り曲げた両前脚の間の地面につけて目を瞑る。土のにおいが鼻先まで近づき、柴犬の感覚は土の色で満たされる。≫