●住んでいるアパートは四階建てだったはずなのに、いつの間にか十階建てに増築されている、そういえば少し前、アパートの入り口あたりにしばらくの間工事用の養生がしてあったという記憶があるのだが、大して気にもかけずにいた、あの間にそんなに大規模な工事が行われているなどとは思いもしなかった、という夢をみた。
エレベーターに乗り込んで行き先のボタンを押そうと思って、自分が何階に住んでいたのか思い出せないことに気づいた。二階だったような気もするし、四階だったような気もするし、七階だったような気もする。しかし、最近まで四階建てのアパートだったはずなので、七階ということはないだろう。逡巡しているうちに人が乗り込んできて、六階だか八階だか、とにかく上の方の階のボタンを押した。咄嗟に、その人よりも上の階のボタンを押さなくてはならないと思って、九階のボタンを押し、エレベーターが上昇する間、自分が何階の何号室に住んでいたのかを思い出そうとする。
エレベーターがとまり、乗り込んできた人が降りた。扉を閉じようとして「閉」ボタンを探すのだが、光の加減でボタンに書かれた文字や数字がよく見えないので適当に押す。九階について、とりあえず二階あたりで降りて様子をみてみよう、自分の部屋のドアの前にまで行けば思い出すだろうと思う、このあたりではまだ、住んでいる部屋番号を思い出せないことに対してそれほどの危機感はもっていない、しかし、あいかわらずボタンの文字がよく見えないので、どのボタンを押せばよいのかよく分からない。
二階で降りてみるとまったく見覚えのない光景で、この階に自分が住んでいるとはとても思えない。しだいに、あるいは急激に、住んでいる部屋番号を思い出せないことに対し、不安というか、心細い、寄る辺ないという感情が非常に強く湧きあがってくる。いったい、自分が住んでいる部屋番号を忘れるなどということがあるのか、そういえば前に住んでいたアパートの部屋番号も住所も思い出せないではないか、というか、自分の電話番号を、今、自分は思い出せるのか。
鞄のなかに、自分宛てに来た、住所が記されているダイレクトメールが一通くらい入っているのではないかと期待するが、すぐに望み薄だと絶望的な気持ちになる。自分の頭のなかからあらゆるものへの経路が失われてしまったのではないかという不安のなかで、アパートの二階の光景の、あまりに見覚えの無さに愕然としている。
目が覚めて、自分が今、自分の部屋のなかにいることを確認し、とても強い安堵を得るが、それでもまだ、思い出せないことの不安が強くのこっており、そのため、目覚めてしばらくは自分の思い出す住所に確信をもてなかった。