2020-04-18

●U-NEXTで『映像研には手を出すな!』の第二話を観た。水、風、回転する羽根(プロペラ、風車)、という主題とその展開。水のない器(巨大なプールのような職員室)や、回転していない羽根(部室にある二つの巨大な有圧換気扇)があり、そこから、器を満たす遍在する水や、羽根(風車)を回転させる風へと展開していく。さらに、水と風の合わせ技である風雨や、風(空気)を舞わせるものとしての爆発も召喚される(部室のホコリが爆発の煙に先行する)。水の流れ(川など)と類比的なものとしての空気の流れ(風)があり、その水平的運動に対して、垂直的な運動として、浅草氏の落下や降ってくる水(雨)がある。

●冒頭に、流れる川(水で満たされた川)が示され、そこから、水のないプール(満たされていない器、あるいは水のかわりに空気で満たされた器)のような職員室へと舞台が移る。さらに、プールのような職員室から、二つの回らない羽根(換気扇)のある部室へと導かれる。部室では、穴の空いた屋根から漏れる光によって高さ(垂直性)が意識され、換気扇の羽根と高さ(垂直性)への意識から、浅草氏による「個人用ヘリコプター」の連想が生まれる。主題の一つである「風」はまず、浅草氏の空想のなかでヘリコプターのプロペラが回転することによって生まれる。空想のなかの風は、浮遊を指向する垂直的なものだ。空想のなかで表現される浅草氏の浮遊への指向は、浅草氏の身体の物理的な落下によって中断される。ここでは空想による浮遊(アニメ内アニメ)と、現実的落下(アニメ内現実)とは重力に対して逆向きの作用としてある。

●旧アニ研の倉庫から、古代文明の遺跡のように発見されるセルアニメ制作のための道具たち。この、旧アニ研の倉庫が、映像研の部室としてあてがわれた建物の裏にあること、職員室で映像研設立の話をしている時にまるで自ら顧問を志願するように藤本先生が唐突に登場すること、この二つから考えると、藤本先生は過去に何らかのかたちで「旧アニ研」にかかわっていた可能性もある。

●旧アニ研の倉庫には、なぜか風力発電のための風車が設置されている。この風車はしかし、部室にある二つの換気扇と同様、回らない。さらに、倉庫に残されていた風車を描いた原画(動画)もまた、うまく回らない。この、うまく回らない動画の羽根を自然に回転させるように描き直すことが、映像研の最初の活動になる。回っていなかった風車を再び回すことが映像研の活動のはじめだとすれば、それは眠っていた「古代文明」としての旧アニ研の活動を再び目覚めさせ、それを受け継ぐということでもある。風車の羽根に角度をつけ、羽根の回転にタメをつくることで、浅草氏と水崎氏は、動画としての風車の回転を実現させる。そしてそこから空想(アニメ内アニメ)に入っていく。

(藤本先生は「最近ヒゲが重くて肩がこるが、顧問をすれば血流がよくなって肩こりが治るかもしれない」と、よく分からないことを言う。これは、映像研を成立させ、回転しなくなった風車を再び回転させることで「古代文明」を再生させることで、滞っていた流れを活性化する、という意味だと考えることもできる。)

●空想のなかの風車を回すために、まず壁となっているビルに爆発によって穴を空ける。浅草氏によって空想された個人用ヘリコプターが、現実に部室にある換気扇からの展開であるのと同様、ここで爆発によって舞い上がる煙は、現実の部室で水崎氏のホウキが舞い上げたホコリからの展開としてある。空想(アニメ内アニメ)と現実(アニメ内現実)は常につながっている。

ビルに空いた穴は、風の流れと同時に水の流れも生み出す。見えないものとしての空気(風)と見えるものとしての水とは対になって類比的にあらわれる。ビルの穴から吹き込む風はまず、船の帆に当たって船の水上滑走を可能にし、そして風車を回す。

空想(アニメ内アニメ)のなかで「風」と「水」は分離して類比関係をつくるが、現実(アニメ内現実)においては混じり合って、暴風雨となる。そして、まるで空想によって導かれたかのようなこの暴風雨が、旧アニ研倉庫に設置された現実(アニメ内現実)の風車をも回すことになる。

(浅草氏の「個人用ヘリコプター」の空想は、現実的には浮遊とは逆の落下を招いたが、ここで、水崎氏と共働して「手」---描くこと---を介して生み出された空想は、現実の風車を動かすことにつながる。)

●そして最後に、浅草氏の落下がテレビというメディアを介して反復されて、一連の展開に終止符が打たれる。浅草氏の空想は、現実的な浮遊には結びつかなかったが---プロデューサーの金森氏を介して---部室改修のために必要な「お金」を生み出すことにはなった。