2025-03-13

⚫︎『愛する者は憎む』(シルビナ・オカンポ+アドルフォ・ビオイ・カサーレス)。思ったよりも、わりと普通にちゃんとミステリだった。ボルヘスとビオイ・カサーレスの共作ミステリよりは随分面白い。逆に言えば、あくまでミステリという器に合わせて書かれたもので、この二人の作家の本領発揮、という作品ではないと思う。雰囲気はあるけど。

厳密には、クローズドサークルでもないし館モノでもないが、その雰囲気がすでに濃厚にある。砂地と泥地とを併せ持つ僻地の海辺の街のホテルが舞台。沼地では鯨の死骸が放置され、蟹が大量に発生し、一方、ホテルでは、普段から、砂地から砂混じりの風で窓を開けることもできない。そういう土地柄。しかも、砂嵐が吹き荒れて外の景色もまったく見えないという状況で殺人事件が起こる。語り手は鼻持ちならないスノッブで、いかにも信頼できない感じ。とはいえ、事件の全容を歪めて伝えるほどに偏った語りというわけではない。細部において胡散臭いが、全体の状況を伝えるにはアンフェアな語りというわけではない、くらいの匙加減だ。

(この、語り手の胡散臭さはかなりビオイ・カサーレスっぽいのだが。)

これといったトリックがあるわけでもないし、緻密なロジックによって犯人が絞られていくというわけでもない。限定された舞台、(それなりにそれぞれ癖のある)限定された人物たちの中で事件が起こり、展開や局面によって、それぞれの人物の怪しさの度合いが変化していく、という意味で典型的にミステリだ。

警察や語り手が、的外れな推理を披露し、語り手の命懸けの冒険もあったたのち、登場人物中で最も地味で目立たなかった人物が、かなり説得力のある推理を披露する。この際に、ミステリ的な伏線がちゃんと機能しているので「おお、ちゃんとしてる」と思った。この推理は、事件の大筋を言い当ててはいるが、しかしさらに(大どんでん返しとまではいかないものの)、犯人が一転、二転する。ミステリとして、それなりに凝った展開だ。そして、二人も人が殺される話にしては、そんなに後味の悪くない感じて幕が閉じられる。

独自の質感を持ったミステリで、ちゃんとミステリではあるが、ミステリとしてすごい傑作というわけではないとも思う。

訳者の解題を読んで驚いたのだが、《(…)祖国アルゼンチンでは現在も根強い人気を誇っており、国内最大手のエメセー社が、一九四六年の初版刊行以来、七十五年以上も定期的に改版・増刷を続けている》と書かれていて、二〇一七年には映画化もされているそうだ。シルビナ・オカンポやアドルフォ・ビオイ・カサーレスみたいな作家も、ポピュラーな人気作を書いているのか、と。