⚫︎井上実さん、井上文香さんが、浦和に古い一軒家を借りて引っ越すというので、頼まれて手伝いに行った。引っ越しの手伝いではなく、畳の和室にフローリングシートを敷いたり、渋い抹茶色の砂壁に白い壁紙を貼ったりと、アトリエなどとして使うための引越し前の軽いリフォーム的な仕事の手伝い。浦和まで行くのは面倒だと思ったが、イメージより行きやすかったし近かった。
一応画家ではあるが、子供の頃から、図画工作で図画は得意だったが工作はまったくダメだった。プラモデルさえまともに完成させられたことがない。17、8歳の頃から40年以上キャンバスを貼っているが全然上手くならない。今でもまだ、布に皺がよってやり直すことも多い。大学時代、成田克彦さんから、時間が経っても歪むことのない堅牢なパネルの作り方を直伝されたのに大学を出てから一度も作ったことがない。手先が不器用で工芸的な能力に自信がないので戦力になるとも思えず、「壁紙を貼る」などという途方もないことが自分にできるとも思えない。
なので、雑用に徹して、難しそうなところは(工芸的なバイト経験もある)井上くんがやるだろうという感じで行ったのだが、「壁紙を貼る」という大変な仕事は一人でできるようなものではなく、三人がかりでやるしかなかった。こういうことをやって、皺がよったり縒れたりしなかったことがないというネガティブな自信があるのだが、職人仕事には程遠いとしても、最低限の基準を採用すれば「なんとかなった」ということでいいのではないかと思う。時間が経って、壁紙がぺろっと剥がれてしまったりしなければいいが。
脚立に乗ってする作業が多く、脚立に乗るようなことは日常ではほとんどなく(実家の庭にある柿や甘夏の実をとる時くらいか)、使わない筋肉を使うためか、腰から腿の側面あたりに痺れるような疲労感が蓄積し(筋肉の疲労感はなぜか甘美な感覚だ)、食事休憩で弁当を食べた後に立ちあがろうとして足腰に力が入らずによろけたりして、普段いかに体を使っていないか実感する。
砂壁に壁紙を定着させるために、下処理として砂壁用のシーラーを塗布するのだが、この「シーラー」が普段使っているジェルメディウムとまったく同じ匂いで、おそらくジェルメディウムを希釈したものとほぼ同じものであるだろうと思い、要するにジェルメディウムの薄い層を作って目止めするということなのだな、と納得する。
⚫︎十年以上前にも井上くんの引っ越しを手伝ったことがあり(前の前くらいのアパート ? )、その時も思ったが、井上くんには不思議な、面白い物件を見つける才能があり、今回の古い一軒家もちょっと面白い建物だった。古い家なので、鴨居の高さなどスケール感が今の標準のものより小さめで、身長170センチに満たないぼくでも頭がやや気になる高さ(おそらく鴨居の高さが173から5センチくらい ? )だけど、美的には、このスケール感がしっくりくるというか、とても美しい感じがある(廊下の様さ、階段の急さ)。
小さい家なのだが、おしゃれな和モダンみたいな作りで、渋い色の砂壁だったり、実用的とは思えない飾り棚が設えてつけてあったり、一階と二階の両方に立派な床間があったり、磨りガラスの間仕切りがあったり、欄間に透かし彫りがあったり、全体に「和」の作りなのに玄関に鮮やかなタイルが貼ってあったりする。台所の食器棚も備え付けになっていて、これも「見せる収納」みたいな洒落た作りになっている。庭も、広くはないのだが、小規模な石庭みたいにガッツリ石が組んであり、灯籠が立っていたりする。
豪華という感じはなくて、基本的に小さくて質素な建物なのだが、細々としたところが洒落ていて、奇を衒っているというほどではないが、普通の「古い住宅」とは少し雰囲気が違っている。築五、六十年ということらしいが、どんな人がどういう目的で建てたのかちょっと不思議な感じだ。
立地も、大きなお寺の裏に建っていて、家の後ろ側がそのお寺の林になっている。井上くんたちがいうには、毎日午後四時にフクロウの鳴き声が聞こえてくるということだった(ぼくもその声を聴いた)。

