2026/01/06

⚫︎『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』が素晴らしいのは、最後の最後はなぜか唐突に「いい話」風に落とすのだが、その直前までは、とにかく酷い酷い酷い世界の中で、どんなに状況が酷くなっても、徹底して不謹慎にふざけ倒しているところだろうと思う。それに比べると、『岸辺のベストアルバム!!』も『愛について語るときは静かにしてくれ』も、面白くなくはないのだけど、どこか途中のところで堪えきれなくなってシリアスモードになり、真面目くさった顔つきになってしまう。その方がわかりやすい(受け入れられやすい)のかもしれないが、その分、作品としては弱くなっていると、ぼくは思う。

(真面目な顔つきと本当に真面目なのは違うと思う。本当に真面目なのは最後までふざけ倒すことだと、ぼくは思う。)

(『岸辺のベストアルバム!!』のシリアスモードはゼロ年代批評の反復を超えるものではなかったし、『愛について語るときは静かにしてくれ』のシリアスモードでの戦争の描き方も納得できるものではなかった。)

⚫︎『何を見ても何かを思い出すと思う』(2021年)もU-NEXTで観た。複雑な時空操作が際立っているが、内容としては、30歳を手前にした、下北沢周辺に生息する人々のリアルな青春群像みたいな感じで、「いい話」ではあるし好きな作品ではあるが、そんなに刺激的というわけではない。ここから『われらの狂気…』へと至る間に、大きな飛躍があったということなのか。

⚫︎おそらくコンプソンズでは、まず基礎に徹底した「内輪のリアリズム」があり、それをどのようにして「リアリズム(あるあるネタ的なリアリズム)」から飛翔させるのかということが問題になるのではないか(『われらの狂気…』では、それが「どんな酷い状況でも内輪ノリで徹底してふざけ倒す」ことだった)。そのとき、飛翔を生じさせるために「内輪」を無理やりに「外向き」にしようとすると(「フィクションは暴力を食い止め得るか」とか「戦時における責任ある決断とは ? 」とかいう問題が「外」から持ち込まれて)、真面目くさったシリアスモードという罠に落ちるのではないかと思った。