●バカみたいな話だけど、やっぱり小春日和はいいなあと思う。身体の隅々まで溜まった緊張が緩んでゆく感じがする。昨日の冷たい雨は夕方過ぎにはあがり、夜もそれほど冷え込まず、今朝は久しぶりの良い天気で冷え込みもきつくない。心地よいあたたかさと光と揺れに満たされる電車の車内で、眠っているでもなく起きているでもなく、うつらうつらとしていたら、ふいに熟睡に引き込まれ、降りるべき駅を乗り越してしまった。電車が停まり、目が覚めた時の、(時間にしたら十分にも満たないのだが)とても深い眠りから目覚めたという感じと、窓の外に広がっている晴れた空と冬枯れの木から受ける「見慣れない」印象、プシューッという音とともにドアが開き客が降りているのだが、その、終点の駅ならではのゆったりとしたリズムなどが、ゆるんだ身体に染みこんでくる。あー、乗り過ごしたんだ、と思い、いったんホームに降り、外の光と空気を浴び、トイレに寄って、また同じ電車で折り返した。
●レンガ敷き風の歩道にヒールの高い靴の堅い底が当たるコツコツコツという音。車輪付きの鞄を引きずりその車輪が転がるガラガラいう音。ズルズル引きずるような足音。その足音の主が何かに引っかかってつんのめり、靴底のゴムが擦れてキュッという高い音をたてる。建て込んだビルの間を人々のざわめきが籠ったように反射し、自動車のエンジンの音が重なる。パチンコ屋の自働ドアが開くと、中の音がどっと溢れ出る。ピーッピーッピーッと電子音を発して大型トラックがバックし、オーライ、オーライ、という誘導のかけ声がかぶる。遠くで聞こえる、救急車と消防車のサイレン。ヘッドフォンからシャカシャカともれる音。はしゃいでいた若者の鞄の金具の部分がガードレールとぶつかってカーンという堅い金属音がたつ。誰かが小銭を地面に落とす。歩道と車道の段差を繋ぐための金属板に車がバランス悪く乗り上げて、ガタン、と大きな音がする。急ブレーキのキユッという音。ビルに設置された巨大な室外機のモーターがうなりながら回転する。携帯で話しながら歩く人の不自然に大きな声。売店に搬入する重たい荷物をいっぱいにのせた台車が、ギシギシ軋みながら通る。それらをかき消すように、遠くから徐々に近づいてきていた救急車と消防車がサイレンを鳴り立ててすぐ目の前を通り抜けてゆく。