●ぬるま湯のようなあたたかさのなかで、からだじゅうの力が抜け、軽いだるさをさえ伴った甘さみ満ちた、気持ちのよい夢のなかにいた。ずっと先まで田んぼや畑がひろがる平坦な場所を、蛇行しながら道がのびている。そこをぼくは、何故かキャスターのついたドラム缶にへばりつくように抱きついて進んでいる。(これは多分、自分の力で立って歩いているのではなく、何かに寄り掛かって、その何かの力で地面を滑るように移動している、という感じが表現されたもので、つまり実際には横になって眠っている状態にある、そしてまだ起きたくないと感じている、身体の状態やその気分を反映していたのだと思う。)その夢のなかでぼくは、何かをやり遂げた後のような安堵感と、これから何かが始まるような予感とが入り交じった、あり得ないほど幸福な感情で満たされていた。風景全体がぼんやりとした黄緑色のひろがりとしてあり、生暖かい風が強めに吹いていて、木々や草をやや大きく揺らしている。道を進んでゆくうちに、折り重なる木々の隙間が開け、一瞬、ずっと遠くの建物の屋根がのぞき、その赤い屋根が光を反射してギラッと鈍く光って見えた。それを見た時に、ああ、春がきたのだなあ、と思った。そして、その瞬間をもう一度再現したくて、少し道を戻って、再びギラッと光る屋根が木々の間からのぞく場所まで進み、そこで、ああ、春だ、と感じ、そしてさらに戻って、それを何度か繰り返す。
しばらくすると場面は、平坦なひろがりから、小さな山のふもとの車道へと移る。山は、まるで黴が生えたかのように色とりどりの花で覆われている。道の脇では、Tシャツと短パンとが汗で湿っている、ジョギング中と思われる中年男性と、上品そうな初老の女性とが、立ち話をしている。男性は顔を上気させ、今、自分の家の庭がどれだけ立派に花で溢れているかを朗々と説明し、顔をテカテカとテカらせて、お時間がありましたら、花が散ってしまう前に是非見にいらしてください、と言っている。女性は、どちらかというと男性の話にうんざりし、早々に切り上げたいという感じで、適当にうなづいている。ぼくは、男性の赤みの射した、妙に肌の白い顔の、剃ったばかりという感じが生々しい青々としたひげ剃り跡から目が離せなくなっている。さらに行くと、公民館のような建物の前で、中年の男性ばかりが何人もあつまって酒盛りをしている光景にでくわす。そこでぼくは、半ば強引にビールを勧められるのだが、そこでも、男たちの青々としたひげ剃り跡ばかりに目がいっててしまう。
郵便受けに郵便物が落とされるガタンという音で目が覚めたのだけど、部屋のなかは、夢のなかからそのままつづいているような、籠ったような生あたたかさで、しばらくは夢の余韻から抜けられなかった。少し前から、髪を切りにいかなくちゃと思っていたのだが、忙しかったり、面倒くさかったりでずるずるになっていたのだが、今日はちゃんと行こう、と、ぼんやりした頭で考えていた。