●四作目の短編小説を、来月発売の号に掲載する予定だと編集者から連絡があった。よかった。タイトルは「グリーンスリーブス・レッドシューズ」で、姉妹の話です。14000字に届かない短いものですが、これも書くのに(書き出しの一文を書いてから最後の文を書くまで)半年以上かかっている。
●一年ぶりに八王子に行った。駅に降りた途端に、この一年が消えたというか、土地への近さの感覚がおかしくなって、ほんの数日の間実家に行っていて戻ってきたみたいな感じになった。ここにいるのが当たり前のような感じ。散歩の時にちょくちょく寄っていた古本屋を覗いてみたのだけど、つい二、三日前にも来ていたような感じ。
ただ、駅から放射状道路を通って美術館まで歩きながら、「ここ」にいた時は毎日やたらと歩いていたのだということを「体」が思い出した。ほんとうにやたらと、時間さえあれば(そして時間はわりとあるのだ)歩いていた。最近はあまり歩いていない。歩きながら、この感覚のずれだけが、今、ここには住んでいないことのわずかな徴のように感じていた。最近あまり歩かなくなったのは、今住んでいる辺りが、歩き回ってもあまり面白くない地形だからだ。まったく面白くないわけではなく、出歩けばそれなりには面白いのだけど、その凝縮度というか、密度が違う。八王子の街を歩きながら、感じる刺激の違いによって、「うちのまわりは散歩してもあまり面白くないのだなあ」と、そのことを改めて思っていた。
●八王子夢美術館で「坂本一成住宅めぐり」展。写真は、建物を一つの方向からしか映さない。模型も、中がどうなっているのかが(窓から覗きこむことは出来るけど)分解出来ないからよく見えない。間取り図(という言い方でよいのか?)は、慣れていないので見方がよく分からない。なので、最初はすごく苦戦して、その建築物の空間がどうなっているのか、なかなか具体的にイメージできなかった。えーと、ここがこうなっているから、こっちがこうで、ドアがこっちで階段がここに…、と、いろいろ考えながら観ていて、一時間くらいかけて会場を一通り観てまわったくらいのところで、間取り図の見方が少しずつ掴めてきて、間取り図と突き合わせて模型をぐるぐるいろんな方向から覗きこんだりすれば、具体的な空間の(形式の)イメージがかなり分かるようになってきて、さらに写真と突き合わせると、細部の感触もある程度予想できる感じになって、そうなると、頭のなかに別の次元が一つ開けたみたいになり、おお、そういうことなのか、という発見が次々と出てきて、改めて最初から、一個一個の建築の空間を頭の中で再現するように観てまわっていたら、三時間ちかく時間が過ぎてしまっていて、さすがにぐったり疲れてしまった。何というのか、実際にその建物を観に行くというのはちょっと違った空間の把握の仕方というのがあるのだということは少し分かった気がする。
とにかくすごく面白かったのだが、それは、間取り図と模型を突き合わせることで、「建築空間の形式を具体的にイメージする」という感覚を自分が少し掴めたことそのものを面白いと感じているのか、坂本一成の建築がもっている何かを感じ取ることができて面白いと思ったのか、それは分からない。でも、とにかく面白かった。頭のどこかの蓋がぱかっと開いたような感じ。