●下に引用するようなことが「現実に」起こっているということを考えに入れずに、たとえば「実在」について考えることは出来ないのではないだろうか。というか、このような「現実」が、「実在」に関する実感(直感)の変質を迫らないでいるわけはいかないのではないか。以下の引用は『見て楽しむ量子物理学の世界』(ジム・アル・カリーリ)より。タイトルから受けるゆるい感じと異なり、(数式はないけど)かなりガチの本です。
●有名な二重スリットの実験について。
《粒子がスクリーンにあたる前、現実を説明するために使えるのは波動関数しかありません。波動関数は原子そのものではなく、私たちが原子を見ていないときの原子のふるまい方を表したものでしかありません。そして波動関数は、もしも私たちが原子を見たとしたら、そのときの原子の状態に関して得られると考えてよい、すべての情報を与えてくれるものなのです。ですから、波動関数がある時刻にどのようになっているかということだけを扱うことにして、原子がそこに存在している可能性や何らかの性質を持っている可能性を予測するための波動関数の利用規則に従えばよいのだとすると、それで何の支障もありません。物理学者はほとんどみなこのような態度で仕事を進めます。これは、何が実際に起こっているのかということを、ニュートン力学に根ざした概念で突き止めることはできない、と諦めたということです。
これでは、あなたはきっと満足できないでしょう。結局のところ、見ていないときに原子がどうなっているのかということはすっぱりと忘れて、もっぱら数学だけで対処しても少しもかまわないとはいえ、事実は、一個の小さな局所的な粒子が原子銃を飛び出すと、どういうわけかしばらくは粒子のようにふるまうのをやめて、スクリーンのところで再び粒子として出現するということなのです。》
●干渉計について。
量子力学によれば、私たちが見るまでは、原子の波動関数は同時に両方の経路に沿って進む二つの「部分」の重ね合わせとして表されます。原理的には二つの経路は非常に遠く離すことができて、銀河の両側くらい離すことができますが、それでも波動関数が両方の経路に沿って進むとみなされなければなりません。最終的に二つの経路を結合すると干渉が起こるのですが、その干渉の形式から、原子が両方の道を同時に進んだということが証明されます。》
《私たちにわかるのは、原子が常にただ一つの波動関数によって表されるということです。両方のアームを伝播する二つの個別の波動関数によって表されるのではありません。これは、波動関数を古典的な波のように考えようとして、私たちが失敗するところです。一つの音波が、最終的には合流する二つの異なる経路に沿って進むように分割されたら、干渉効果を観測できます(一方の音波の周波数がわずかに変化すれば、二つの波の位相がずれる「うなり」を聞くことができます)。しかしこの場合の音波は、実際に物理的に二つに分かれています。二つのアームが最終的に別個の場所に音波を運ぶなら、ふたりの観察者がそれぞれの音を聞きます。原子の場合は違います。観察者が原子を見るとき、常に観察者のうちのひとりだけがその原子を見るのだということを思い出してください。形式的には、アームがどれほど遠く離れていようと原子の波動関数は一つだけです。そのただ一つの波動関数が二つの部分を持ち、それら二つの部分がそれぞれのアームを通ってどのように移動するかを表しているのです。波動関数は空間全体に広がっていますが、二つのアームの外側ではその値はゼロです。私たちが観測すると、それまで空間全体に広がっていた波動関数は、どちらかのアームの中にある一個の実在する粒子へと「収縮」します。》
●非局在性について。
《物理学者は、離れた物体の間の瞬間的なコミュニケーション(すなわち非局在性)が量子の世界の一般的な特徴であり、波動関数そのものの性質にまでさかのぼることができることに、もはや疑問を持っていません。物理学者はこのことに深く悩んでいません。なぜなら、量子の世界に固有の確率的性質のために、量子の非局在性を光より早い信号伝達に使うことは不可能で、相対性理論を破ることもないからです。
非局在性が働いていることを示すためには、魔法のふたつのさいころを使った架空の話を持ち出す必要はありません。非局在性は、前に出てきた干渉計の二つのアームの中に分割された波動関数が持っている特徴でした。もし二つのアームが数光年離れていても、今までどおり原子が干渉計に入った後で検出器のスイッチを入れ、原子がアームの一方の中にあることを確認できます。原子を検出したら、原子がもう一方のアームを通った確率はまったくないので、もう一方のアームを通った波動関数の部分は即座にゼロにならなければなりません。
どこかほかの場所で起こっていることをちらっと見たとき、それまで広がりを持っていた波動関数の部分が非局在的に(すなわち瞬間的に)縮むことを「波動関数の収縮」といいます。》