●「デザイン・フィクションとデッドメディア」(浅野紀予)と「グローバル時代に作品は可能か(中)」(池田剛介)を合わせて読むと、いろいろ見通しがひろがる感じがする。そして、エリー・デューリングみたいな人が現代美術に口出ししてくれて、本当に助かった(ありがたい)という感情をもつ。
http://ekrits.jp/2015/06/1659/
https://madcity.jp/note09_ikeda/
●上記の二つのテキストで参照される、武田宙也、岡本源太、清水高志のテキストをよむとさらに見通しが開かれる。
ポイエーシスとプラクシスのあいだ
エリー・デューリング講演会「レトロ未来」
〈人間−物質〉ネットワーク世界の情報社会論
ロザリンド・クラウスの言う、過去を振り返ることで得られる「メディウムの再発明」というのと、エリー・デューリングの「レトロフューチャー」とは、実はかなり近いんじゃないかと思う。というか、エリー・デューリングの議論を知ることで、ああ、クラウスが言いたかったのはこういうことなのかも、と気づくという感じだけど。