●マルタで、パナマ文書をもとに不正を追及していたジャーナリストの乗っている車が爆破された。タックスヘイヴンの現在はどうなっているのか。『タックスヘイブンの闇』(ニコラス・シャクソン)は、一人でも多くの人に読んでほしい本だけど、2011年に出た本なので、情報がやや古い。
「「主権」を失ったタックスヘイヴン国家の行く末とは?」(橘玲の世界投資見聞録)より。ただ、この記事には、世界のタックスヘイヴンの中心であるイギリス(シティ・オブ・ロンドン)のことがほぼ書かれていないが。
http://diamond.jp/articles/-/147160
《10月16日、地中海のマルタ島パナマ文書の報道に加わった女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア(53)が車を運転中に爆殺された。(…)マルタのムスカット首相の妻らがパナマに設立した法人で資産隠しをしているとの疑惑を報じてもいたという。》
《この事件で興味深いのは、マルタ自体がヨーロッパのタックスヘイヴンであることだ。そんな租税回避地ですら、自分の資産を守る(隠す)のに別のタックスヘイヴンに頼らなくてはならない。》
タックスヘイヴンは、リーマンショックや、テロ対策などをきっかけに縮小しているようにもみえる。
《2008年9月のリーマンショックを機に世界経済は未曾有の大混乱に陥り、ヨーロッパに飛び火してユーロ危機を引き起こした。その後、欧米の政治家が、グローバル金融ビジネスへの批判の延長としてタックスヘイヴンを標的にするようになり、2009年4月のロンドンG20サミットは「(われわれは)タックス・ヘイブンを含む非協力的法域への対抗措置をとることで意見が一致している。公共財政と金融システムを守るため、制裁を課す用意はいつでもできている。銀行秘密の時代は終わったのである」と宣言した。》
《この事件を受けてアメリカは2010年に外国口座コンプライアンス法(FATCA/ファトカ)を成立させた。この法律によって、米国で事業を行なう海外の金融機関は、アメリカ人(米国の税法上居住者)の保有する口座情報をIRS(内国歳入庁)に提出しなければならなくなった。情報提供を拒否することもできるが、その場合は米国内で得たすべての所得に30%の源泉徴収が行なわれることになるから、事実上、事業の継続は不可能だ。》
《さらに、2001年に発生した同時多発テロを機にテロ組織によるマネーロンダリング対策が喫緊の課題になり、OECDの下部組織として「金融活動作業部会(FATF/ファトフ)」が設立、タックスヘイヴンを含む世界のすべての金融機関にKYC(Know Your Client)、すなわち顧客(受益者)の素性を確実に把握することを求めた。これによって、スイスなどで広く行なわれていた、信託会社をあいだにはさんで真の受益者を金融機関にもわからなくする秘密保持が禁じられた。》
《こうして2005年に「EU貯蓄課税指令」が出され、個人の銀行口座に支払われた利息への課税情報をヨーロッパ内で交換することになった。》
《「EU貯蓄課税指令」にはルクセンブルクオーストリア、ベルギーなどが強く反発した結果、他国の税務当局との情報交換を拒否できる選択的離脱権が与えられた。ただしその場合、金融機関は口座に支払われる利息から15%を源泉徴収し、そのうち75%を口座名義人の居住国に分配することになった(残りの25%は源泉徴収を実施する“手数料”としてタックスヘイヴン国の懐に入った)》
《この方式でタックスヘイヴンの生命線である守秘性は維持できると思われたが、ユーロ危機を追い風としたEUは源泉税率を2011年までに35%に引き上げた。タックスヘイヴン国は、利息に高率の税を課せば金融ビジネスが成立しないとしてベルギーを先頭に徐々に手を引き、2013年にルクセンブルクが方針を変えた際はジャン=クロード・ユンケル首相が退陣を余儀なくされた(その後、2014年11月に欧州委員長就任)。2017年中にオーストリアが税務情報の交換を受け入れ、EU内に金融秘密を守る国は存在しなくなる。》
アメリカのFATCAやEUの「貯蓄課税指令」導入を受けて、OECD加盟国のあいだでの税務情報の交換が次の課題になった。それが税務行政執行共助条約で、100を超える国々が署名している。さらに、非居住者の口座情報を税務当局間で自動交換するための国際基準「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」をOECDが公表し、日本を含む各国がその実施を約束した。》
《税務情報交換の詳細は現時点でも定まっていないようだが、香港などの一部の金融機関は日本人の口座保有者にタックスID(マイナンバー)の提出を求めはじめている。その手続きは金融機関によって異なるが、ある証券会社では、「年内は口座残高100万米ドル以上の顧客のマイナンバーを集め、来年以降はすべての日本人顧客を対象にする」とのことだった。》
●しかし、本当にそうなのか。むしろ大手プライベートバンクは預かり資産を増やしている。
タックスヘイヴンを利用する目的が税逃れなら、口座情報が居住国の税務当局に通知されることでそのような銀行・証券会社を利用するひとはいなくなるとはずだ。実際、2009年を機に欧米の富裕層を主要顧客にするタックスヘイヴンのビジネスは縮小しているが、その一方でスイスやルクセンブルクが不況に喘いでいるという話は聞かないし、大手プライベートバンクは預かり資産を逆に増やしている。》
《これにはさまざまな理由がありそうだが、そのひとつは、税法にのっとって税務処理してもなお、自国の金融機関を使うよりタックスヘイヴン(オフショア)を利用した方がメリットがあると判断するひとが一定数いるからだろう(香港やシンガポールは1人あたりGDPで日本を超え、現地にも多くの富裕層がいる)。》
《日本の金融機関では銀行業務と証券業務を同じ担当者が兼務することはできず、富裕層相手の部門でも担当者はサラリーマンで定期的に異動してしまう。それに対してスイスのプライベートバンクは預金・株式・債券などすべての金融商品を一人の担当者が管理し、金融機関を退職しないかぎり異動はない(彼らは金融機関の看板を借りた自営業者にちかい)。》
《富裕層のなかには、税務情報の自動交換が始まるのなら税金のかからない国や地域に移住するひとも出てくるだろう。島国の日本では想像できないが、ヨーロッパは地続きなので国境を越えた移住にもほとんど抵抗がない。居住国をフランスからモナコに変えるだけで、これまでどおりフランス語で暮らしながら合法的に税金を払わなくてもよくなる。》
OECDに加盟していなかったりCRSに参加していない国に住んでいる富裕層にはもともと影響はない。彼らの多くは発展途上国の市民で、タックスヘイヴンを利用する目的は税逃れというより資産の秘匿だ。》
タックスヘイヴンは、たんなるお金持ちの租税逃れではない。その有害さの本質は、タックスヘイヴンではない国でも、お金を持っている人(企業)ほど---合法的に---税金の負担を減らさざるを得なくなるというところにある。
タックスヘイヴンが「有害」なのは、その存在によって多くの国が税率引き下げ競争に巻き込まれるからだ。》
《2012年、イギリス政府は多国籍企業の短期資金(ホットマネー)の利益に対して、それがタックスヘイヴンにある場合の税率を5.5%とし、2020年までに4.25%まで下げると約束した。》
OECD諸国の平均法人税率は2006年の27.67%から2016年には24.85%に、EUでは24.83%から22.09%に下がった。イギリスでは2009年には28%だった大企業の表面税率が2020年には17%に下がる予定になっている。また2015年のアイルランド政府の発表では、同国の法人税の表面税率は12.5%だが国内のアメリカ企業にかけられた実効税率はわずか2.25%だった。》
アメリカは法人税率の高い国として知られており、州レベルの課税を含めて表面税率が40%ちかくに達することもあるが、フォーチュン500企業のうち2008年から2012年にかけて一貫して利益を計上していた288社が支払った連邦所得税の実効税率は19.4%にすぎず、ボーイング、GE、ベライゾンを含む26社は連邦所得税をまったく払っていなかった。》
多国籍企業は、その損失を税率の高い国に集中させ、逆に、利益を税率の安い国に集中させるという事が可能だった(それによってほとんど税金を払わなくて済むようになる)。しかし、それも多少なりとも変わりつつあるようだ。
《2013年、EUの要求に応じてバークレイズが初の報告書を公表し、マーフィーがそれをもとに分析したところ、イギリスで働く5万4595人のバークレイズ従業員は13億3900万ポンド(1人あたり2万4500ポンド)の損失を生む一方で、ルクセンブルクでは14人の従業員が13億8000万ポンドの利益をあげていた。1人あたりに換算すれば9860万ポンドで、日本円で100億円以上という異常な額だ。またジャージー島でも、従業員1人あたり280万ポンドの利益をあげていた。》
《この事実が明らかになったあとの2015年、バークレイズのイギリスの従業員は1人あたり2万6500ポンドあまりの利益をあげるようになり、その一方でルクセンブルクの従業員の利益は960万ポンド、ジャージー島の従業員の利益は26万ポンドまで縮小した。このように企業情報の透明化はグローバル企業に社会的責任を認識させ、その行動を大きく変える可能性がある。》
●とはいえ、いわゆる「仮想通貨圏」などで、それにかわる数々の怪しい動きができているわけなのだが。