2023/01/05

ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』をDVDで。久々に観られてよかった。昨年、ゴダールが亡くなったことを知った時にも、ゴダールの作品を改めて観直そうという気持ちにはあまりならなかった。正直、近年はゴダールから関心が離れ気味だった。3D映画はすごいと思ったが、基本的に「映画史」以降のゴダールにはそんなにはのれない感じだったから。

でも、外付けのディスクドライブを買って、ちゃんと動くか試してみようという時に、ゴダールの短めの映画がちょうど良いと思って『JLG/自画像』と『フレディ・ビュアシュへの手紙』を観てみて、「ゴダールの感じ」がぐわっと生々しく蘇ってきたのだった。そして、さらに『パッション』と『勝手に逃げろ/人生』を観て、これだよ、これ、という感覚になる。ディスクドライブを買ったおかげで、それがきっかけとなって、「この感じ」にまた触れることができた。特に、『勝手に逃げろ/人生』は、(全作品を観ているわけではないが、観ている限りで)ゴダールの中で最も「しっくりくる」作品なのだったということを、改めて思い出した。80年の『勝手に逃げろ/人生』と81年の『フレディ・ビュアシュへの手紙』の、ちょうど良い粗挽き感が、ぼくにはすごくしっくりくる。

時系列で並べてみると、『勝手に逃げろ/人生』(80)→『フレディ・ビュアシュへの手紙』(81)→『パッション』(82)→『カルメンという名の女』(83)と、みるみる粗挽き感が減り、急激に洗練の度合いを高めてくる。この辺りの作品は全て大好きだが、その中でもいっそう『勝手に逃げろ/人生』に強く惹かれる。あらゆる場面、あらゆるモンタージュ、あらゆるショットを、新鮮に感じ、面白いと感じる。

おそらく、90年代に入って、『ヌーヴェルヴァーグ』(90)、『ゴダールの決別』(93)、『フォーエヴァー・モーツアルト』(96)という辺りの作品が、ゴダール的なソニマージュの洗練が最も高みにまで達したところではないかと思う。この時期の作品もまた素晴らしいのだが、ただ、これらの作品は、90年代に入って世界情勢が大きく動いたことや、ゴダール自身が年齢を重ねたということもあると思うのだが、最後に話を綺麗なところでまとめようとする傾向が感じられて(ヨーロッパ的な教養と良識のようなところへ着地しようとする感じがあって)、そこにちょっとした引っ掛かりを感じないでもない(特に『映画史』の終盤の「歌い上げる」感じなどには抵抗を感じる)。

でも、70年代終わりから80年代初め頃のゴダールは、粗挽きだし、粗野だし、(邪気も含めて)元気だし、落ち着きがなくて、あらゆる部分がきれいなところに着地することを拒むように跳ねていて、その分、隙間や空隙がたくさんあって、とても風通しがよく、身も蓋もないような「驚き」と「新鮮さ」に溢れている。『勝手に逃げろ/人生』には、ゴダール的な驚きと新鮮さとが直接的に(モロに)露呈しているように思う。