⚫︎『新宿野戦病院』、9話。今回は、嵐の前のほっこり回というか、ラストに向かうクライマックス的盛り上がりの前に置かれたインタールードだろうか。大ネタはなく、小ネタを連発するのだが、正直、今回はちょっと苦しかったかなと思ってしまった(脚本が弱い分、演出が頑張っていた感はあったかも)。
まず、橋本愛と濱田岳の関係の進展が、倒置と記憶喪失によって間接的に描かれる。濱田がラブホで一人で目覚める時に聞いた悲鳴が後の展開の伏線になっていることも含め、どことなくタランティーノっぽい構成になっている気もする(そこまで大掛かりではないが)。このドラマでは恋愛は主要な要素ではなく、(仲野太賀の頻繁な心変わりも含め)、コメディ的に全体の構造を引っ掻き回すための装置であるという側面が強いから、あまり生々しい場面や人の感情を必要以上に惹きつける場面は省略してポンポン進むのがいいわけだが、単に省略するだけでなく「記憶の穴」を噛ませることでコメディとして跳ねる感じになっている。いきなりここから始まるのか、という驚きもあり、橋本愛のデレないツンデレキャラの微妙な感触も味わい深いし、うまい入り方だと思った。
(ただ、のちに出てくる「好きなお巡りさんができたの」という橋本愛のセリフは、この回最大の爆笑ポイントともいえて、これを予告で使ってネタバレさせてしまうのはどうかと思った。面白いから、予告も含めて何度も擦って使ってやろうということかもしれないが。)
次に、藤田弓子のために娘が用意したヘルパーが、ガサツで嫌な感じの人物で、「この人で大丈夫なのか」と不安になり、ここで一波乱あるのかと思わせておいて、実は、娘が「母の好み」を考慮して選んだのだった(母の夫=父もまた、乱暴でガサツな男だった)というオチで、即座に何事もなく収束する(この肩すかし感も面白い)。おばあさんに対して、若くてマッチョな男性が強めに当たるという、普通なら痛々しくみえる場面が、おばあさんがそれを喜ぶことで、なんとも奇妙な光景となる。シチュエーション全体が一つのギャグになってもいる。ここまでは、さすがに冴えているなあと思って観ていた。
この後、海外メディアの取材という名目で、主要な登場人物ほぼ全員が病院の医師控え室のような場に集合するという、これまでには見られなかった場面になる。取材陣は救急患者が来るのを待機しているのだが、こんな時に限って患者は来ない(ほっこり展開)。そこで、医師ちたが一人一つずつ過去のエピソードを語ることになる。ここから展開される、三人の医師による三つの小ネタが、小ネタとはいえあまりに弱いというか、一回ボツにしたネタを、一捻りして再利用しようとしているみたいにさえ感じられてしまう物足りなさで、ちょっと厳しかった。
陰茎の自己切断の話は、生理的感覚的な強烈さに対して、そこに至る経緯が「そんなことある」というような説得力のないもので、笑いの要素もない。腹痛の子供についてきたカスハラ母のエピソードも、複数の事例を無理やり結びつけただけで、そこに有機的な関連が見出せず、無理やりだなあという感じしか受けなかった。この二つのエピソードもまた、無理やりに「いい話」にもって行って締めようとするのだが、この場合、その手つきがあまりに無理やり過ぎて、その「無理やりさ」に笑えてしまったので、「いい話」に落とすことへの嫌悪はなかったが。
カスハラ母の話が、一応、今回のメインエピソードと言えると思うが、この母親が、医療機関に対して不信感満載で攻撃的に出ることの理由が、過去に、看護師としての自分が医療ミスの責任を不当に押し付けられたことからくる病院への不信だという、このフリとオチの結び付けには、あまり面白味やリアリティを感じられなかった。カスハラと不当な責任のなすりつけという二つの事柄を接続することによって、もともとあった二つの要素以上の何かが立ち上がるということが感じられなかった。もともと弱いネタを、構成の複雑さでなんとか観られるようにはしてあるが(アンカリングとか児童虐待とか、さまざまなネタをぶっ込んではいるが)、そもそも元々のネタの弱さ、説得力のなさは誤魔化せていないように思う。
自殺未遂の若い女性のエピソードは、仲野太賀(の失恋エピソード)や伊東蒼との掛け合いの効果もあって、場面としてはそれなりに充実したものだと思えた。だが、この女性はそもそも、仲野が自分の失恋エピソードを開示する場を設立するために存在しているようなところがあり、都合よく利用されている感は否めない。このエピソードも「仲野太賀のいい話」として終わるが、これもまた「いい話」であることがそのままギャグであるような「いい話」であるところが良い。
(金髪の若い女性看護師は、今までもちょこちょこ、ワンポイント的に活躍しているのだが、若い男性看護師はずっと、その存在さえもおぼつかないほど目立たない。彼に活躍の場面を与えてほしい、と思う。)
⚫︎そして、最後に唐突にパンデミックが。医療の話なので、まったく唐突ということもないかもしれないが、今、あえてパンデミックを持ってくるのか。この要素をいったいどこまで引き受ける気があるのだろうかと思ってしまう。『不適切にもほどがある ! 』では、阪神淡路大震災が作中に取り入れられていたが、最後まで観ても、なぜわざわざ、震災という現実的な要素を取り入れたのかよくわからないままだった。
⚫︎柄本明がときどき呆けたような顔をしていたのがとても気になった。今回、最も強く目が引かれたのは、柄本の呆けた顔だった。