2025-12-05

⚫︎ポレポレ東中野で『脱出の最中』(黒川幸則)。最終日になんとか滑り込んだ。とはいえ、地下に降りていく階段の途中で偶然でくわした黒川監督の話によると、年内(12月20日から28日まで)のアンコール上映が決まったとのことだった。

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実はすでにオンライン試写のような形で観せてもらっている。

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⚫︎劇場で改めて観て驚いたのは、音が途切れることによるショックがかなり大きくあったこと。上映時間の多くで波の音が響き続けている(あと、自動車の音もけっこううるさい)この映画で、ふっと波の音が途切れる瞬間が何度かあり、その「音が途切れること」そのものが強いショックとしてこちらに迫ってくる。これがとても新鮮で、そしてそのショックが、この映画の「時間の分節化」に大きく効いているように感じられた。この感じは、家のPCで観ている時には気づけなかった。

⚫︎また、途中で「夜の海(夜の波打ち際)」のカットがいくつか挿入されるのだが、それが「一日が終わった」ことを表現しているのか、それともいわゆる「インサートカット」なのかがはっきりしなくて(意図的に、はっきりしないようになっているのだと思って)、そのことが、この映画全体の「いつでもない、どこでもない」という不思議な時空のあり方に貢献しているように思っていたが、劇場で観ると、登場人物の二人の服装がそれ以前とは違っていることに気づいて、ああ、これは少なくとも一日以上は経っているということなのか、と思った。

このことを黒川さんに言うと、「ぼくは古い人間なのでインサートカットのようなものは使わない」と言っていた。とはいえ、はっきりと「一日が終わった」という感じのつながりにはなっていないので(「はい、次の日になりました」ということを表現する句読点的なカットがなく、ぬるっとつながる)、「次の日になった」ことが分かったとしても、この映画から受ける時間の印象、時空の感覚が変わるということではない。

⚫︎姉妹の話だが、姉か妹かどちらか一方が死者なのではないかという解釈をする人が多かったと、やや戸惑うような感じで黒川さんが言っていた。会話に、幽霊の話も出てくるし、「お姉ちゃんが生きているうちに海を見せなくちゃと思った」というような台詞がある(そして、姉があまりに多くのことを忘れすぎている)ということもあるのだろうが、なんといっても、海岸(砂浜・波打ち際)という空間が、生と死との間にあるかのように感じられる場所であることが大きいのではないだろうか。ただ、(どちらかを特定するのではなく)「どちらか一方が」死者だ、という感じ方、捉え方が面白いと思った。