⚫︎『日本脱出』(吉田喜重)。ツタヤディスカスで借りたDVDで観た。松竹時代の吉田喜重は『秋津温泉』しか観たことがなかったが(『秋津温泉』は岡田茉莉子の企画で、吉田喜重は「依頼を受ける」という形で監督している)、こんな感じなのか。娯楽の要素が1ミリもないというのか、容赦がない。
主人公は徹底してダメな人で、そしてダメな人の周りにいるのはダメな人ばかりで、足を引っ張りあってどんどん酷いことになっていく。救いはないし、やたらギャアギャア騒ぎ立てる主人公はまったくカッコ良いところもない。映画は、とてもかっこ良い滑り出しで、スタイリッシュな犯罪活劇が始まるのかと思うと、最初の見掛け倒しでみんなダメで情けない人ばかりでした、みたいな陰惨な感じになる。ただし、主人公は見掛け倒しですらなく、初めからまったくカッコ良くないことで一貫している。
1964年公開の映画で、同じ年に同じ松竹で、山田洋次は『馬鹿まるだし』『いいかげん馬鹿』『馬鹿が戦車でやってくる』の「馬鹿シリーズ」を作っている。同じようにダメな人が主人公でも、ここでは庶民の反骨精神とバイタリティがコメディとして謳いあげられる。そこには共感があり、力感があり、救いがあるだろう。しかし『日本脱出』にはそれがない。逃れようもなく深みにハマって、転がり落ちていく様が容赦無く捉えられる。共感できる要素はない。ただ、自分を助けるために人を殺してしまった主人公に、自分自身も孤独で、どこまでも深みに落ちていく女性だけが、腐れ縁のような友情を感じてずっと寄り添っているということが唯一の救いのようでもある。ただしこれも「いきがかり上の腐れ縁」以上のものではなく、破綻することが運命つけられている。
吉田喜重は本当に芸術家なんだな、と思う。(「松竹」で映画を作っているにもかかわらず)人を楽しませようなどとはまったく思っていないとしか思えない。ただ、自分が信じる「やるべきこと」妥協なく遂行する。大島渚にあるようなケレン味もないし、鈴木清順のような、基本がプログラムピクチャーの人とも違う(『殺しの烙印』のとんでもなさとは全然違う)。それは、良くも悪くも、ということなのだろうが、しかし、容赦無く、妥協も無く、ということの凄みがビシビシ感じられる。観ていて(「心が」ということではなく)ビリビリとした感覚的な痛みを感じるような凄みがある。
まったく愛想がないのに、クールでもない(映画の形式としてはクールだが)。主人公はやたら騒がしく見苦しく、カッコ良くもないし可愛くもない(アメリカに行ってジャズ歌手になりたいと言うが本当に「歌える」のかも怪しいと思ってしまう)。誰からも軽んじられ疎まれるような人だ。しかし、1964年(東京オリンピックの年)に、そういう人をこそ描かなければならない、というように映画だ。
⚫︎吉田喜重は1933年生まれ。この映画を作ったのはまだ30歳をちょっと過ぎたくらい。ということは『秋津温泉』は20代の仕事なのか。改めて、吉田喜重とんでもないなあ、と思う。
⚫︎大島渚は、1960年に監督デビューして、その一年で三本の映画を作ってすぐに松竹を退社する。吉田喜重は、同じく1960年にデビューして(一時、助監督に降格されたりしつつ)64年まで在籍して松竹で六本の映画を作る。この、松竹時代の六本の映画のすべてで撮影監督が成島東一郎だということを今、知った。成島東一郎というと『儀式』や『戦場のメリークリスマス』を思い出し、大島渚とのペアのイメージがあったが、そもそも吉田喜重の映画を支えた人だったのか。