2023/06/04

⚫︎『水星の魔女』、20話(プロローグを含めると21話め)。あー、ガンダムニヒリズムきたー、という展開。「望みの果て」というタイトルの通り。状況を変えようとする高い志を持つ者たちの行動は、入り組んだ末に、大規模な破壊と殺戮へとつながってしまう…。

⚫︎このカタストロフの中で、スレッタがようやく「人間」になる、という感じがあった。「進めば二つ」的ポジティブシンキング教に囚われていたスレッタは、プラント・クエタの暴動で多くの人が死に、そして自分も(ミオレネとデリングを助けるためとはいえ)兵士を一人殺しているにもかかわらず、その後の彼女が気にしているのはただ「ミオリネとの関係」のことだけだった。ランブルリングの混乱の後でも同様。ただ、ランブルリングの後、「進めば二つ」教への信仰がかなり揺らいだという変化はあった。スレッタにとっての世界は、母、エアリアル、ミオリネ、そして最大に大きくとっても地球寮の友人たちとの関係の中にのみあり、彼女にとって世界のへ関心は、その関係の背景として広がっている範囲に限定されていた(そもそも、つい最近まで「母」に完全支配されていた)。その範囲の外で多くの人が死んだとしても、それがスレッタを深く揺るがすことはなかった。しかしここにきてほぼ初めて、スレッタは、その関係の外にいる多くの人々の死に直面し、それに強く動揺しているように見える。

(ランブルリングの事件以来、これまで固定化されていた学園内の権力・敵対・ヘイト感情的な関係に微妙な揺らぎが生じており、例えば今回も、スレッタが、自分を軽蔑していると思っていたペトラから話しかけられるという出来事があり、そのペトラと共に協力して混乱の中を逃げ惑うことになる。このような周囲の関係性の変化というか、「硬直化していた関係の柔軟化が起こっている場の中にいる」ということが、スレッタの視野の広がりにも影響していると思われる。)

(追記。ただし、「硬直化していた関係の柔軟化」の原因は戦争であり、殺戮なのだが…。)

⚫︎ミオリネが大切にしている園芸棟が、ごくごく短いカットであっけなくグシャッと潰されるのが辛い。

⚫︎シャディクの策略は、グエルとケナンジにバレてしまったことで、そのソフトランディング路線(父が人質にされていることを理由に、相手方の要求を呑むという体でベネリット・グループを弱体化させ、力を地球側に移動させる)は失敗したが、しかしハードランディング路線(ノレアを学園内で暴れさせて多くの犠牲者を出すことで、宇宙議会連合とベネリット・グループとが対決せざるを得ない状況を作る)には成功した、と言える。アーシアンで孤児であるシャディクは、同じくアーシアンで孤児であるノレアの怒りを理解するが故に、その「怒り」を自分の策略のためのコマとして使うことができる。シャディクは、大きな状況を変えるために、小さなコマを平気で使い捨てる(おそらく、自分自身さえも使い捨てるだろう)。これは、シャディクの冷血さを表現するというよりも、彼の絶望の深さを表現するように思われる。シャディクにも、ノレア同様の強い怒りがあり、そうであるが故に、犠牲を厭うことのない強い「状況の変化」への意思がある。多くの場合、革命運動や政治活動への忌避は、それにどうしても伴う「犠牲を厭うことのない」という強い姿勢への忌避だろう。「命の軽い者たち」の地位回復のために別の「命」が犠牲になる。しかし、仮にそれをしなければ現状がどこまでもダラダラ続くのだとしたら、「犠牲を厭うことのない(造反有理)」という一線を越えるか越えないかの違いは、その人も持っている絶望の深さによって決まるのではないか。

(シャディクに比べると、どうしても単純に見えてしまうグエルだが、彼は地球で、テロリストに家族を殺されながらも、その怨嗟を超えてテロリストと共に行動するオルコットという人物を目の当たりにしている。このことが彼に与える影響は大きいのではないか。)

(そもそも、グエルとケナンジが気づかなければこんなに大きな犠牲は出なかったのに…、という皮肉。)

⚫︎シャディクが、宇宙議会連合によるベネリット・グループへの介入を画策したということは、宇宙議会連合という組織が、ベネリット・グループと少なくとも同等程度の力を持つ組織だということだろう。これまでこの物語は、基本的にベネリット・グループという巨大な企業グループ内の、諸勢力の争いが描かれてきた。企業グループ内の力の抗争があり、それを小さな規模で表象するものとして、決闘システムをはじめとする「学園」内での出来事があり、搾取され続ける経済的辺境としての地球がある。それらは地球を含めて一つの経済圏であり、その「外」があるとすればテロリストの組織くらいだろう。シャディクの改革も、経済圏内での支配構造の再編であった。ただ、人類補完計画を思わせるプロスペラの計画のみが、社会(経済圏)ではなく世界そのものの変革を考えている(ニュータイプ的要素)。しかしここへきて、経済とは別の原理で動いている「公的機関」であるらしい宇宙議会連合が、新たに大きなアクターとして出てきた。

(これまでに出てきていた宇宙議会連合の二人の登場人物は、組織そのものとは切り離された、あるいは組織そのものの方針とは対立する、別の意思によってうごいていたようだ。)

(前回、宇宙議会連合の理事会とオックスアースという組織がつながっているという話があり、そのオックスアースの施設をプロスペラが破壊するという場面があった。そして、ソフィとノレアがオックスアースに所属していた、と。彼女たちはおそらくオックスアースによって強化人士にされたのだろう。宇宙議会連合が間接的にテロリストを支援していた、というのは分かるが、その施設をなぜ、プロスペラがわざわざ破壊しに行かなければならないのかが、今ひとつ分からない。そして、宇宙議会連合とオックスアースがつながっているという事実を知らされることで、ベルメリア博士の心が変わったという流れもあったので、ここに何か重要な秘密があるのではないかと思われる。)

⚫︎今回はあまり触れられていないが、精神崩壊が危ぶまれるほどの強い(内的な)衝撃と重い(外的な)罪とを背負ってしまったミオリネが、一体どうなってしまうのかが心配だ。それにしても、プロスペラはなんて悪い奴なのだろうか…。彼女もまた、シャディクとは違う意味で「犠牲を厭わない」派だ。「犠牲を厭わない」派と、「犠牲を厭わないのは嫌だ」派の争いもあり得るのか。