2014-09-01から1ヶ月間の記事一覧

●「サイエンス・ゼロ」で、カナダのD-Ware Systemsから発売された量子コンピュータについて特集していた。量子アニーリングによって実現された、世界ではじめての商品化された量子コンピュータ。 とてもざっくりとした説明ではあったけど、この方式のコンピ…

●硨島伸彦さんから教えてもらった。ニューヨークのGAGOSIAN GALLERYの一つで、今、「Composing with Color: Paintings 1962–1963」というフランケンサーラーの展覧会をやっている。すごく観たい。これをこのまま日本にもってきてもらうというわけにはいかな…

●例えば、他者というものが、社会・関係という相のなかで「あらわれ」た時、それは倫理的な問題となり、それが内的な経験という相のなかで「あらわれ」た時、クオリアの問題となる。そして、他者の実在とは、それが関係の相としてあらわれている時にも経験の…

●とあえず「客観」と言える科学的な共同性と、政治的・社会的な共同性とを分けて考えた方がいいのと同様、それらとは異なる器として、芸術的な共同性も、分けて考えた方がいいようは思う(感性と政治性は、まずは混ぜない方がいいと思う)。 科学は、人類が今…

●『残響のテロル』最終回。つっこみどころは色々あるけど、最後の原子爆弾の使い方は面白かったし、それによって(途中の段階でいろいろ危惧されるところはあったにしても)とりあえず納得できる作品になったとは言えると思う。 (この作品は最初から原爆をどう…

●お知らせ。9月26日づけの東京新聞、夕刊に、Bunkamuraザ・ミュージアムでやっている「だまし絵2 進化するだまし絵」展のレビューが掲載されます。 ●「反戦――来たるべき戦争に抗うために展」を観に行った。 http://hansenten2014.tumblr.com/ 「呼びかけ文」…

●「画像の問題系 演算性の美学」(gnck)を読んだ。以下リンクのPDFで。 http://www.bijutsu.co.jp/bt/img/GH1_gnck.pdf#search='%E3%80%8C%E7%94%BB%E5%83%8F%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C%E7%B3%BB+%E6%BC%94%E7%AE%97%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%AD%A6' …

●『キャプテン・アース』1話から5話までDVDで観た。 設定の複雑さ(大げささ)、独自の微妙なネーミングセンス(遊星歯車装置、とか)、なんとも青臭い雰囲気、物語が(おそらく)反復的な構造をもつ事など、榎戸洋司感が満載でわくわくしてしまう。イマドキのアニ…

●『恋の渦』を観た勢いで『愛の渦』もDVDで観た。こちらは、原作者(という言い方はちょっと違うかもしれないが)であるポツドールの三浦大輔が自ら監督している。観ながら、これって三浦版「三月の5日間」なのかな、とも思った。 映画として観ると、一個一個…

●なんとなく、『恋の渦』(大根仁)をDVDで観た。印象としては、話のつくりがすごくきちんとした映画だなあという感じ。特に、終盤になって、映画が発展モードから収束モードに移行して、お話を畳みはじめてからの展開がとても上手いと思った(サトミの妊娠をナ…

●『アルドノア・ゼロ』12話。最後にようやくイナホとスレインが出会い、ボーイ・ミーツ・ボーイ、で、一期終了。二期からは主役がイナホからスレインに入れ替わる、という事でいいのだろうか…。あと、アセイラム姫の扱いはどうなるのだろうか。死んでいるの…

●『基礎情報学のヴァイアビリティ』がとても面白かったので、『基礎情報学』(西垣通)を読みはじめた。第一章を読んだ。 ここでは、「情報」が、(外に存在して、生物がそれを取り入れるというようなものとしてではなく)生物という閉じたシステムの内部に生じ…

●清水高志さんがツイッタ―で「道具」についてすごく面白いことを書いていたので、メモとしてここに引用させていただく。 《結局、何が「作られて」しまうのかというと、道具が作られる。考えないといけないのはこのような制作についてだ。ある用途や目的を持…

●ギャラリーハシモトで観た百瀬文の新作は、2アイデアくらいでつくられた、シンプルで分かり易い作品とも言えるけど、読み込もうとすれば様々なことが読み込めそうな深みもあって、ああ上手いなあと感じた。非対称的な等価性。非対称的だが等価的である、あ…

●Bunkamuraの「だまし絵」展は、意外にも面白かった。展覧会としては「寄せ集め」でしかないけど、しかし、寄せ集めだからこそ、それぞれの作品がコンセプトによる上位からの縛りがゆるい状態のままでいられる。 (例えば、ダリの絵画を「良い」と思ったのは…

●作品の再帰性を記述する観測者の二つの位置がある。一つは、再帰性を社会的関係性-慣習の発生や持続、変化によって規定する外的な視点。もう一つは、再帰性を感覚-経験の反復性(それ自身の内にズレを含んだ反復性)を根拠として記述する内的な視点。この二つ…

●「サイエンス・ゼロ」でやっていた、音の骨伝導の話が面白かった。骨伝導では、人間の可聴領域よりずっと高い振動数の超音波を聴くことが可能で、それは、鼓膜は超音波に対応していないけど、蝸牛が超音波に対応していて、頭蓋骨を振動させる骨伝導では、鼓…

●『基礎情報学のヴァイアビリティ』(西垣通/河島茂生/西川アサキ/大井奈美[編])を読んでいる(第6章まで読んだ)のだけど、これ、すごく面白い。西川さんが書いているので、西川さんのところだけ読めばいいやというくらいの感じで手にとったのだけど、どれもこ…

●作品=再帰性を観測する、二つの異なる観測者の位置についての話を昨日の日記に書いた。 作品を、外から規定するメタ視線で見る場合、再帰性は、再帰性=慣習=メディウム=社会的関係という系列にある。つまり、作品を支えるメディウム=再帰性は、社会的…

●クラウスのテキスト「メディウムの再発明」を読むとき、「固有的なもの(スペシフィック)」を強調すると文脈的にちょっと(モダニズム寄りに)硬直してしまうので、重要なのは、技術的支持体がメディウムたりえるための「再帰性」をもてるのか、という問題だと…

●『ふしぎの海のナディア』を、ずっとちびちびと見ているのだけど、不思議な作品だとつくづく思う。宮崎駿(+様々なアニメの要素)のパロディのようにしてはじまり、少しずつ話が誇大妄想的に大きくなっていって、だんだんと「エヴァ」のプロトタイプのような…

●モーリス・ルイスは本当にすばらしい。ハーレム状態で萌え死にしそうになる、ルイスのカタログ・レゾネ。 http://morrislouis.org/paintings/gallery/stripe_paintings/all ●吉本の本(「ハイ・イメージ論」)のおもしろさは、それが臨死体験(幽体離脱)の話か…

●だらだら読んでいるうちに、『ハイ・イメージ論』(吉本隆明)がだんだん面白く感じられてきて、『ニューメディアの言語』をそっちのけで、こちらを読んでしまう。書かれていることに即座に同意できるかどうかはともかく、いろいろと味わい深い。 ●例えば吉本…

●昨日の日記の最後に「絵画」について書いたけど、クラウスの言うポストメディウム的な状況というのは、「絵画」とか「彫刻」のような安定した伝統的メディウム(約束事)を前提とすることができなくなっていて(それを、写真という技術のインパクトによっても…

●「表象08」に載っている、クラウスの「メディウムの再発明」を読んだ。 クラウスの記述にはブレがあるようにみえる。一方でクラウスは、ある(新しかった)メディアは、《ジュークボックスや市街電車》と同じように骨董品となるような《崩壊する瞬間》にこそ…

●お知らせ。明日発売の「すばる」10月号に、青木淳悟『男一代之改革』の書評(「結節点と通路・幽霊的志向性」)が掲載されています。 表題作「男一代之改革」は、寛政の改革の松平定信を巡る話ではあるのですが、「松平定信と読む(定信が読んだ)源氏物語」み…

●『On Your Mark』を観た。宮崎駿がつくったチャゲ&飛鳥のPV。95年、「エヴァ」とだいたい同時期なのか。『紅の豚』の次で、『もののけ姫』の前。宮崎駿のキャリアのなかでも迷いが感じられる時期で、その中途半端さが出ていて、イマイチ垢抜けない感じでは…

●「アニメ・マシーン」を読んでいる時、ふと、吉本隆明の「ハイ・イメージ論」に出てくる「世界視線」のことが頭に浮かんで、その最初の章である「映像の終わりから」を読んでみたのだけど、吉本には八十年代の終わり頃に(インターネットさえまだない時代に)…

●八月に撮った写真。その二。

●八月に撮った写真。その一。